松井忠三 まつい ただみつ

商業

掲載時肩書良品計画元会長
掲載期間2018/02/01〜2018/02/28
出身地静岡県
生年月日1949/05/13
掲載回数
執筆時年齢68 歳
最終学歴
筑波大学
学歴その他韮山高
入社西友ストア
配偶者社内結婚再婚
主な仕事良品計画出向41歳、管理担当役員→営業担当役員、社長51歳、損して得、
恩師木内正雄田中一光
人脈堤清二、高丘季昭、谷川真理、小池一子、金井政明、原研哉、
備考学生運動留置3週間
論評

氏は、この「履歴書」の流通系企業登場では、三越(松田伊三雄、坂倉芳明)、大丸(北沢敬二郎、奥田務)、松坂屋(伊藤次郎左衛門、佐々木晚穂)、セブン&アイ(伊藤雅俊、鈴木敏文)、イオン(岡田卓也)、ダイエー(岡内功)に次いで、11人目である。そして氏は、沖縄返還運動のデモで「中核」のヘルメットをかぶり機動隊と衝突し、逮捕され3週間の留置場生活をおくった。これが原因で教師になる夢を絶たれ、他の就職活動もうまくいかず、卒業年の6月になってやっと西友ストアーに就職できた。これは親会社・西友の創業者・堤清二が同じ学生運動の経験者として就職者に寛容だったからだろう。
氏の生き方の原点は、「負けて勝つ」の極意を入社3年目に得たことだ。これは、学生時代のバレー部や学生運動、建設現場の作業員アルバイトで得た生活の知恵だった。それは管理職側が店舗の営業現場の人たちの話を聞く。そして現場の本音を聞き出してから妥協点を考え、こちらの方針を伝えるとうまくいったからだった。そしてこの方式を、人材教育、商品開発などに適用した。主力の営業部門の「売り場改革」では、現場の強い抵抗があったもののねばり強く小集団活動を行い、陳列方法をイラストや写真を多用し「見える化」の2000ページに及ぶマニュアル13冊子を作った。これが大きな成果を上げるとともに社内の信頼感を勝ち得ることができた。
そして社長時代には「働き方改革」として、「効率を倍、コストを半分」の方針を掲げ、売り場の自動発注方式の採用と業務の大きな比重を占める配送業者を対象に次の要請を行った。仕入れ商品は返品なし、売り切ることを前提に、①物流センターで店舗の陳列棚や商品カテゴリーごとに折り畳みコンテナに商品を入れる、②大型商品は物流センターからの直送にする、ことで店舗在庫が激変し、最短で18日の納品が6日に短縮され、全社最適となる「効率を倍、コストを半分」の大きな仕組み(システム)が出来上がった。株価は最低の1994円(2001年9月17日)から37050円(3月2日現在)になっている。
氏の「履歴書」登場は西武系企業出身者では創業者の堤康次郎に次いで2番目だ。とかく比較される東急系企業では、創業者の五島慶太、昇の親子に東映の大川博、岡田茂の4名が登場しているのに比べて少し寂しい。西武系では創業者の息子で西武鉄道、プリンスホテルなどを率いた堤義明(三男)、西武百貨店などセゾングループを率いた堤清二(次男)は華やかな話題を提供していただけに、この「履歴書」に登場していないのは惜しいと感じる。

松井 忠三(まつい ただみつ、1949年5月13日 - )は日本実業家良品計画代表取締役社長や、同社代表取締役会長、りそなホールディングス取締役指名委員会委員長日本取締役協会副会長などを務めた。

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