安斎隆史 あんざい たかし

金融

掲載時肩書セブン銀行特別顧問
掲載期間2018/08/01〜2018/08/31
出身地福島県
生年月日1941/01/17
掲載回数30 回
執筆時年齢77 歳
最終学歴
東北大学
学歴その他県立安逹
入社日銀
配偶者親戚東京娘
主な仕事松江、香港、人事総務課長、支店長、調査役、理事、長銀社長、セブン銀行、ATM,
恩師三重野泰
人脈本間忠世(自死)、森永総裁、福井俊彦、前川春雄、鈴木敏文、伊藤雅俊
備考
論評

氏の出身母体である日本銀行からこの「履歴書」に登場するのは、柳田誠二郎(海外経済協力基金総裁)、松永安左エ門(電力中央研究所理事長)、三宅重光(東海銀行頭取)、吉野俊彦(山一証券特別顧問)、金子兜太(俳人)が出ており、6番目である。ただ外部から日銀総裁となった、宇佐美洵(三菱銀行)、長岡實(大蔵省)、澄田智(大蔵省)を入れると9人目となる。

氏は、日銀理事時代に日本やアジアの金融危機を封じ込める役割を担った後、経営破綻した日本長期信用銀行(現新生銀行)の頭取となって事後処理に当たった。その後、コンビニを中心にATM事業を展開するアイワイバンク銀行(現セブン銀行)の社長に就任し、上場企業に育て上げた。これまでの仕事内容の役割を、日銀では「金融の番人」、長銀ではお葬式をする「おくりびと」、セブン銀行では、「助産婦」であり「小さく生んで元気に育てる親」だったと述懐する。そして、それらの仕事単位は、日銀が「何兆円」、長銀は「何億円」、セブン銀行は「100円」が中心だったとその組織規模を的確に表現された。

氏の誇るべき業績はATM銀行業務の成功である。このATM銀行に都銀、地銀、第二地銀から信用金庫、信用組合、ゆうちょ銀行など多くの金融機関が提携してくれ、その金融利用者がATMを利用してくれないと収益源の利用手数料が入ってこない。しかし、セブンのコンビニは全国で2万店以上あるが、多く設置しても提携の金融機関が少なければ、ATM銀行の利用者も増えないし、利便性も高まらない。そこで氏は、日銀で培った金融知識と人脈を活用し、提携をためらう銀行トップに全国行脚して、3年間で提携金融機関を150に増やし、開業3年目で単年度黒字、5年目で累損一掃に成功した。現在ATM設置は2万4千台、提携金融機関は600に増えているので、成長企業となっている。この金融決済が、小口現金決済から日本が遅れているキャッシュレス決済に移行しているため、時流に乗っていることになる。

氏の事業の成功はこの「履歴書」にも書かれているが、氏の性格にあるように思える。万事「お客様目線」で自分が正しいと思ったことは正攻法で突っ走る性格だが、氏の先輩の「君は、なまっていてすごく得をしている。君の言っている内容は上の人にとって極めてきつい。しかし、君の言葉はなまっているから、先輩も何となく我慢して聞いていられるのだ」と。部下に「(ある案件を)リマインド(思い出す)してくれ」と指示すると「2万円出してくれ」と聞こえ、部下が混乱したと書いてある。アハハハ、氏は福島弁で今も喋っているのだ!

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