茂山千作 しげやま せんさく

映画演劇

掲載時肩書狂言師
掲載期間1994/10/01〜1994/10/31
出身地京都府
生年月日1919/12/28
掲載回数30 回
執筆時年齢75 歳
最終学歴
専門学校
学歴その他
入社4歳で初舞台
配偶者西陣娘
主な仕事豆腐人生、猿→狐、他派と共演 、新劇・人形劇との交流、映画・テレビ、父・狂言再録、
恩師片山博通(九郎右衛門:井上八千代・妻)
人脈谷崎潤一郎、武智鉄二、木下順二、観世栄夫、安藤鶴夫、
備考井伊大直参
論評

大正8年(1919年)12月28日 – 平成25年(2013年)5月23日)は京都生まれ。三世の長男。1924年、茂山以呂波を名乗って初舞台。戦時中召集され、戦後舞台に復帰。1966年、十二世茂山千五郎を襲名する。1994年、四世茂山千作を襲名。2007年、狂言界で初の文化勲章を受章する。新作狂言、武智鉄二らの協力で畑違いの歌舞伎・舞台・ドラマなどでも活躍。二世茂山千之丞(政次)は弟。

1.能楽と共に70年
能と狂言を合わせて能楽というが、ひと昔までは狂言を能よりも下に置く風が強かったように思う。能楽師の中には、「何や狂言か」というような態度をとる人も多かった。能の悲劇性こそ高尚で、狂言は喜劇だから大したものではない、とする日本人の伝統的思い込みがあるのかもしれない。
 伝統芸能、ことに狂言は先行きどうなるのだろうと、真剣に思い悩んだ。芸能界の従来の枠に閉じこもっていたらいつかじり貧になり、芸能の化石になるのではと危機感があった。そこで若さの勢いで「何か新しいことをやろう」と考え取り組んだ。狂言の新作上演、タブーとされていた他流派との合同公演や新劇とのクロスオーバー、女優さんとの共演、ラジオ、テレビ、映画への出演と何にでも挑戦してみた。しかし、600年の歴史を持つ能楽界だけに、波風は強かった。能楽協会から除名されそうにもなった。
 幸い理解し応援してくださる方も多かった。谷崎潤一郎さん、武智鉄二さん、木下順二さんなど多くの方からどれだけ教えを受けたことか。感謝してもしきれない。

2.茂山家の歴史
徳川家康の江戸開府で、京都の能楽師たちが家元に付いて続々と江戸に移ったことがあった。幕府が武家の式楽として能楽を保護し、能楽師を直参扱いにしたためだが、江戸に出ないで京都に残った能楽師も観世流の片山家、金剛流の野村家など少なくなかった。その中の一人に、大蔵流を演じる茂山もいた。
曾祖父に当たる九世千五郎は、天保元年(1830)の彦根城で井伊直弼に地謡を認められ直参となった。

3.芸能交流(雅楽の中、女優と共演)
武智鉄二さんはオペラと能楽を融合させたい意欲を持っておられた。能楽師が商業劇場の舞台に立ち、雅楽をバックに女優さんと共演、オペラ歌手が謡を歌うー閉鎖的と言われた能楽界に新風を吹き込むと。
 昭和29年(1954)11月、新橋演舞場で行われた「東は東」「夕鶴」の二本立て公演はこれを実現した。
「東と東」の作品は、日本に漂着した唐人と日本人女性との「国際結婚」の難しさをユーモラスに描いたもので、私の役は唐人の伍雲拙で、相方の日本人妻「ふくな」は万代峰子さんだった。音楽は雅楽を使ったが、万代さんは宝塚歌劇の出身で、その演技力を高く買っていた武智さんの抜擢だった。
 武智さんは、私には動きについて念入りな注文を出された。「ちょこちょこと、チャップリンの様に歩いて」とか「手を一杯に広げて飛んでください」とか、狂言にはない演技が多かった。「ようできません」と言っても、「けいこしたらできます」の一点張りだった。私は何とか期待に応えたいと思い歯を食いしばって頑張った。

4.協会からの除名危機
「茂山兄弟、破門か」「能楽協会態度を硬化」と昭和38年(1963)5月ごろ新聞で報道された。翌年の正月に東宝・日生劇場で武智さんプロデュースの歌舞伎1か月公演に、私と弟も出演することが分かったから。
 通常私たち兄弟は、色々飛び跳ねたことをしてきたが、こちらの舞台に外から俳優さんを呼び、2,3日間の公演でしたが、今回は1か月間です。これを快く思わない協会は、「タブー破りも極まれり」とみなした。しかし、ジャーナリストや他の有知識者の強力な支援があり、最終的に協会は、「外部に出演するのなら届け出て欲しい」の沙汰で、事実上の黙認という形になりました。

追悼

茂山氏が’13年5月23日93歳で亡くなった。狂言師として初めて人間国宝となられた。94年10月に登場した。古典芸能(能・狂言・舞踊・人形遣い)分野の登場者では、14名の中の一人である。

1.文楽(義太夫、人形遣い、三味線)
吉田難波掾、(人形遣い)1958(S33)9月
豊竹山城小掾、(人形遣い)1959(S34)2月
桐竹紋十郎、(人形遣い)1967(S42)2月
吉田玉男、(人形遣い)1991(H3)9月
吉田蓑助、(浄瑠璃・人形遣い)2007(h19) 9月
竹本住太夫、(義太夫・太夫)1999(H11)4月

2.能楽(能・狂言)
梅若六郎、(能・観世流)1968(S43)2月
喜多六平太、(能楽・喜多流)1969(S44)10月
片山九郎右衛門、(能楽・観世流)2005(h17) 12月

野村万蔵、(能楽の狂言・金剛流)1978(S53)2月
茂山千作、(狂言・大蔵流)1994(H6)10月
野村萬(狂言師・金剛流) 2013(h25) 8月

3.舞踊
井上八千代、(日本舞踊)1959.11月
武原はん、(日本舞踊)1977年2月

狂言界では他流の狂言師や演劇人との共演がタブー視されたが、弟の千之丞さんと一緒に歌舞伎や宝塚と共演された実績を持つ。私も舞台を一度見せていただいたが、笑顔そのものが人柄に見えた。

二世茂山千作(1947年)

茂山 千作(しげやま せんさく)は、狂言大蔵流の名跡。京都を本拠とする茂山千五郎家の隠居名。五世を数える。

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