河野洋平 こうの ようへい

政治

掲載時肩書衆院議長
掲載期間2004/12/01〜2004/12/31
出身地神奈川県
生年月日1937/01/15
掲載回数
執筆時年齢67 歳
最終学歴
早稲田大学
学歴その他早大高
入社丸紅
配偶者伊藤忠兵 衛Ⅱ孫娘
主な仕事河野謙三(叔父)、新自由ク、復党、 総裁、衆院議長
恩師・恩人安岡正篤
人脈田川誠一(いとこ)、牛尾治朗、藤波孝 生、西岡武夫、麻生太郎、加藤紘一(対)、
備考父67歳死
河野 洋平
こうの ようへい
Yōhei Kōno.jpg
2008年4月、衆議院議長公邸にて
生年月日 (1937-01-15) 1937年1月15日(84歳)
出生地 日本の旗 日本 神奈川県平塚市
出身校 早稲田大学政治経済学部経済学科
前職 丸紅飯田社員
ニチリョウ代表取締役社長
日本陸上競技連盟会長
所属政党自由民主党→)
新自由クラブ→)
自由民主党
称号 衆議院永年在職議員
経済学士
桐花大綬章
親族 祖父・河野治平
父・河野一郎
叔父・河野謙三
長男・河野太郎
従兄・田川誠一

日本の旗 第71-72代 衆議院議長
在任期間 2003年11月19日-2005年8月8日
2005年9月21日 - 2009年7月21日
天皇 明仁

内閣 村山内閣
村山改造内閣
在任期間 1994年6月30日 - 1995年10月2日

日本の旗 第123・128-131代 外務大臣
内閣 村山内閣
村山改造内閣
小渕第2次改造内閣
第1次森内閣
第2次森内閣
第2次森改造内閣(中央省庁再編前)
第2次森改造内閣(中央省庁再編後)
在任期間 1994年6月30日 - 1996年1月11日
1999年10月5日 - 2001年4月26日

内閣 宮澤改造内閣
在任期間 1992年12月12日 - 1993年8月9日

内閣 第2次中曽根第2次改造内閣
在任期間 1985年12月28日 - 1986年7月22日

その他の職歴
Liberal Democratic Party (Japan) Emblem.jpg 第16代 自由民主党総裁
1993年7月30日 - 1995年9月22日
日本の旗 衆議院議員
旧神奈川5区→)
神奈川17区
1967年1月29日 - 2009年7月21日
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河野 洋平(こうの ようへい、1937年昭和12年〉1月15日 - )は、日本政治家

衆議院議員(14期)、衆議院議長(第71・72代)、副総理村山内閣村山改造内閣)、外務大臣(第123128-131代)、内閣官房長官第55代)、科学技術庁長官第39代)、原子力委員会委員長第39代)、自由民主党総裁(第16代)、新自由クラブ代表(第1・3代)を歴任。

2003年平成15年)から2009年(平成21年)まで日本憲政史上最長(当時)の期間にわたって衆議院議長を務めた。

副総理国務大臣東京五輪担当)、農林大臣建設大臣等を務めた党人派の実力者だった元衆議院議員の河野一郎は父。元参議院議長河野謙三は叔父。行政改革担当大臣で衆議院議員の河野太郎は長男。

いわゆる従軍慰安婦について述べた「河野談話」を発表したことで知られる。

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