水谷八重子 みずたに やえこ

映画演劇

掲載時肩書新派女優・芸術院会員
掲載期間1970/03/26〜1970/04/21
出身地東京都
生年月日1905/08/01
掲載回数27 回
執筆時年齢65 歳
最終学歴
雙葉学園
学歴その他
入社
配偶者守田勘彌
主な仕事「芸術座」20歳、米国渡航、新劇→新派 「鶴八・鶴次郎」(章太郎)、協議離婚
恩師竹紫(義兄)青山杉作
人脈千田是也(小1年上)、島村抱月、松井須 磨子、久保田万太郎、花柳章太郎
備考芸・ゆめ・ いのち(万太郎贈)
美女と才女
水谷八重子
初代水谷みずたに八重子やえこ
初代 .mw-parser-output ruby.large{font-size:250%}.mw-parser-output ruby.large>rt,.mw-parser-output ruby.large>rtc{font-size:.3em}水谷(みずたに) .mw-parser-output ruby.large{font-size:250%}.mw-parser-output ruby.large>rt,.mw-parser-output ruby.large>rtc{font-size:.3em}八重子(やえこ)
本名 松野 八重子
生年月日 (1905-08-01) 1905年8月1日
没年月日 (1979-10-01) 1979年10月1日(74歳没)
出生地 東京市牛込区神楽坂
(現・東京都新宿区神楽坂)
死没地 東京都文京区(順天堂大学医学部附属順天堂医院)[1]
職業 女優
ジャンル 新劇新派劇映画
活動期間 1914年 - 1979年
配偶者 十四代目 守田勘彌 (離婚)
著名な家族 二代目 水谷八重子
主な作品

舞台
青い鳥
大尉の娘
皇女和の宮


映画
寒椿

浪子
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初代 水谷 八重子(みずたに やえこ、1905年8月1日 - 1979年10月1日)は、大正から昭和にかけての女優新劇から新派に入り、戦後は新派の屋台骨を支える大黒柱として日本の演劇界に重きをなした。本名は松野 八重子(まつの やえこ)。位階従四位

  1. ^ 史上初の大調査 著名人100人が最後に頼った病院 あなたの病院選びは間違っていませんか”. 現代ビジネス (2011年8月17日). 2019年12月19日閲覧。
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