木下又三郎 きのした またさぶろう

紙・パルプ

掲載時肩書本州製紙社長
掲載期間1969/04/18〜1969/05/20
出身地愛知県名古屋東区
生年月日1889/11/13
掲載回数33 回
執筆時年齢80 歳
最終学歴
東京大学
学歴その他三高
入社王子製紙
配偶者友山>木下
主な仕事樺太、日本人絹パルプ会社、シベリア捕虜、王子製紙分離(苫小牧・十条・本州)
恩師藤原銀次郎
人脈シベリアで辛酸(し尿・死体運搬等)を舐める
備考

木下 又三郎(きのした またさぶろう、1889年明治22年〉11月13日 - 1977年昭和52年〉3月8日)は、日本の実業家[1]

愛知県名古屋市[2]出身。東京帝国大学工学部卒。王子製紙に入社し、1956年(昭和31年)に本州製紙(現・王子ホールディングス)社長に就任。

1958年(昭和33年)に、東京都江戸川区にある製紙工場の黒い排水江戸川に放流する江戸川漁業被害を引き起こす。下流の漁民らの陳情に耳を貸さず、6月11日に東京都が文書で使用停止指示をするまで排水を流し続けた。

  1. ^ 木下又三郎 とは - コトバンク(デジタル版 日本人名大辞典+Plus)
  2. ^ 郷土誌かすがい 第33号(昭和63年9月15日発行) - 春日井市
[ 前のページに戻る ]