辻惟雄 つじのぶお

学術

掲載時肩書美術史家
掲載期間2021/01/01〜2021/01/31
出身地愛知県
生年月日1932/06/22
掲載回数30 回
執筆時年齢88 歳
最終学歴
東京大学
学歴その他日比谷高校
入社東大助手
配偶者見合4歳下
主な仕事美術史学科、岩佐又兵衛、文化財研究所、曽我蕭白、若冲、奇想の系譜、東北大、東大、ボストン美術館日本美術カタログ、日文研、多摩美術、
恩師山根有三、吉川逸治
人脈樺美智子、ジョー・プライス、高階秀爾、梅原猛、村上隆
備考日本文化の神髄は「あそび」
論評

氏の肩書は「美術史家」であるため、私のホームページの登場者分類で「学術・教育」に入れるか「芸術」にいれるか、迷ったが学術・教育者に入れた。東大医学部から美術史家に転向するなんて奇想の人でした。今までの「私の履歴書」と大きく違っていたところは、岩佐又兵衛、伊藤若冲、曽我蕭白らの色彩原画をたくさん掲載してくれていたので、これらが目を楽しませてくれた。印象に残った記述を要約・抽出する。

1.美術史研究に進む決意(医者志望から美術研究に)
母が49歳の若さで亡くなった。「母を助けられたのは医学しかなかった」。どうして医学部をあきらめてしまったのだろう。今からでも遅くない。美術史学科をやめて、医学部に行こう。そう決心して父に打ち明けた。
 医師の父は「美術史が人の役に立たないとは思わん」と言った。「絵には人を慰める力があるんだ。私も絵に慰められているんだよ」と静かに話してくれた。そのとき私は初めて思った。
 「美術史の研究者は片目のだるまの、見えないもう片方の目に目を入れる」仕事なのだ。直感を何よりも重んじながら、描かれた時代、創作の意図や背景、表現の特徴などを可能な限り客観的に分析して人々の鑑賞の手助けをする。演者ではなく黒子だが、とても大事な役目を担っているのだ。画業に生涯を懸けた人たちの苦しみ、楽しさ、思いに寄り添うのだ。私は美術や美術史をもっと熱心に学ぼうと心に決めた。

2.美術鑑賞の開眼
西洋美術史の吉川逸治先生のルネサンス初期のイタリア人画家、マザッチオの講義のときだった。写したスライドの画面を指先で愛撫して「タクタイル・ヴァリュー」と繰り返す先生の言葉を聞いて絵を眺めると、壁が取れて絵と私が一体になった。そんな感覚があった。形が私の中で動き出した。フォルムの意味が理解できたような気がした。仏教の悟りとは違うと言っても大体こんなことかもしれない。大げさに聞こえるかもしれないけれど、私なりに美術に開眼したのだ。美術作品をもっと鑑賞しよう、大いに学ぼうと思いを新たにする体験だった。心に決めた。「タクタイル・ヴァリュー」は「触覚値」と訳す。

3.ジョー・プライス邸宅を訪問(若冲価値の第一発見者、第二は私・辻)
オクラホマ・シティの北東、バートルズビルに邸宅はあった。奇抜なデザインで知られる建築家ブルース・ガラの設計。たくさんの美術品を収蔵する部屋は六角形の「奇想の建物」で、外光が降り注ぐ部屋に池があった。外光の中で眺める伊藤若冲や曽我蕭白をはじめとする江戸画家の何と明るく伸びやかだったことか。収蔵品を秘蔵するコレクターが多い中、プライスさん夫妻は稀有な人で研究者や学生に江戸絵画の逸品を快く鑑賞させてくれた。
 またジョー・プライス氏は私が滋賀のMIHO MUSEUM館長在任中の2013年3月から9月にかけて仙台、盛岡、福島を所蔵する日本美術品の逸品を巡回展覧してくれた。東日本大震災で甚大な被害を受けた人たちに対し、「被災地を勇気づけたい」と所蔵の江戸絵画の名品の数々を惜しげもなく披露してくれたのだった。

4.日本美術の神髄気づき
東北大学時代、美術史家として、「日本美術とは何だろう」との根本的な命題にぶつかる。江戸時代に限定せずに時代を遡り、日本人の美意識の根っこを掘り当てる必要があった。母校の東大教授になり、オランダの歴史家、ヨハン・ホイジンガの名著「ホモ・ルーデンス」の一節にであった。「日本人の遊びについての考え方を掘り下げると、さらに深く日本文化の神髄まで考察を進めることができるだろう」と。
 目からウロコが落ちた。「遊びなんだ」とひらめいた。まじめさや厳しさといったイメージでくくられることが多い日本文化の根底には遊びの精神がある。奇想の絵師たちの作品にも遊び心が満ちている。江戸絵画のみならず日本美術全体を見渡しても遊びは重要なキーワードだ。遊びから派生する笑い、飾り、見立て(パロディ)、風流、洒脱など、それまでの自分なりの美術研究で漠然と心に浮かんでいた言葉が俄然、精彩を帯びて立ち上ってきた。

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辻 惟雄(つじ のぶお、1932年6月22日 - )は、日本美術史学者。専門は日本美術史東京大学名誉教授多摩美術大学名誉教授。

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