武者小路実篤 むしゃこうじ さねあつ

文芸

掲載時肩書作家
掲載期間1956/12/22〜1956/12/31
出身地東京都
生年月日1885/05/12
掲載回数10 回
執筆時年齢71 歳
最終学歴
東京大学
学歴その他学習院
入社
配偶者
主な仕事トルストイに心酔、「他人を不幸にしない 生活」が第一、「新しき村」、ゴッホ紹介
恩師
人脈白樺(志賀、木下、正親町)、柳宗悦
備考兄ドイツ 大使
武者小路 実篤
(むしゃのこうじ さねあつ)
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1956年
誕生 1885年5月12日
日本の旗 日本 東京府東京市麹町区
(現・東京都千代田区
死没 (1976-04-09) 1976年4月9日(90歳没)
日本の旗 日本 東京都狛江市
墓地 中央霊園(東京都八王子市)
職業 小説家詩人劇作家画家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
最終学歴

学習院高等科卒業

東京帝国大学社会学中退
ジャンル 小説戯曲
主題 理想主義
文学活動 白樺派
代表作お目出たき人』(1911年)
『その妹』(1915年,戯曲)
『幸福者』(1919年)
友情』(1919年)
『人間万歳』(1922年,戯曲)
『愛慾』(1926年,戯曲)
愛と死』(1939年)
真理先生』(1951年)
主な受賞歴 文化勲章(1951年)
親族 勘解由小路資生(祖父)
武者小路実世(父)
武者小路公共(兄)
武者小路実光(甥)
武者小路公秀(甥)
武者小路穣(娘婿)
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武者小路 実篤(むしゃのこうじ さねあつ、1885年明治18年)5月12日 - 1976年昭和51年)4月9日)は、日本小説家詩人劇作家画家貴族院勅選議員華族の出で、トルストイに傾倒し、『白樺』創刊に参加。天衣無縫の文体で人道主義文学を創造し、「新しき村」を建設して実践運動を行った。伝記や美術論も数多い。

姓の武者小路は本来「むしゃのこうじ」と読むが、後に「むしゃこうじ」に読み方を変更した[1]。しかし、一般には「むしゃのこうじ」で普及しており、本人も誤りだと糺すことはなかったという。

仲間からは「武者」(ムシャ)の愛称で呼ばれた。文化勲章受章。名誉都民日本芸術院会員。贈従三位(没時叙位)。

  1. ^ 調布市武者小路実篤記念館 よくある質問とその答え
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