松浦晃一郎 まつうらこういちろう

行政・司法

掲載時肩書第8代ユネスコ事務局長
掲載期間2020/08/01〜2020/08/31
出身地東京都
生年月日1937/09/29
掲載回数30 回
執筆時年齢82 歳
最終学歴
東京大学
学歴その他米バハフォード大学
入社外務省
配偶者ICU学生
主な仕事アフリカ、香港総領事、北米局長、外務審議官、駐仏大使、ユネスコ事務局長、世界遺産推進、無形文化遺産、遺産登録手助け、日本ペア碁普及
恩師小渕恵三
人脈池田行彦、福原義春、早川茂、服部礼次郎、南部靖之、滝久雄
備考英・仏・独・ラテン、スペイン語、ギリシャ語
論評

氏は、外務省出身でこの「履歴書」に登場した下田武三(1977.6)、牛場信彦(1983.11)、朝海浩一郎(1988.2)、松永信雄(2001.2)に次いで5番目である。しかし、国際機関で活躍された人物としては、古垣鉄郎(国際連盟:1976.9)、明石康(国連次長:2000.4)に次いで3番目である。外務省に入省するには語学が堪能でないとダメだと分かるが、氏の場合は、英語、仏語、ドイツ語、ラテン語、スペイン語などを自由に話せるのが強みで、国際舞台で活躍できたのだと思った。

外務省の仕事(事務次官や駐米大使の経験から)
1.下田氏は、条約課長として連合軍から突き付けられたポツダム宣言の正確な訳文と解説を命ぜられ、連合軍との翻訳内容の駆け引きなど、緊迫した終戦時の内幕を語ってくれていた。
2.牛場氏は、戦後外務省は大幅な人員削減されたため、立場上浪人生活になったが、国の貿易拡大のため通産省の通商局長になる。そして各国との通商協定で実績を上げ、外務省に復帰しても通商に強い外務審議官として活躍をされた。退官後に福田首相から経済閣僚に任命も。
3.朝海氏は、戦後占領軍との交渉役となり、米軍から日本軍の長所と欠点、米軍規律と日本軍規律の違いなどを具体的に詳述。また日本国憲法は「日本のため」米国が草案した内容も印象的。
4.松永氏は、日本赤軍にハイジャックされた際、乗客・乗員の人質救出のため、身代金600万ドルの支払いや過激派活動家の釈放、また前天皇陛下ご夫妻の米国訪問時の舞台裏が印象的。

松浦氏の実績(30回連載の15回目から28回までユネスコ活動に)
1.世界遺産の推進:日本では当初、世界遺産への関心はほとんどなかった。国内法を整備し、この条約を批准したのは1992年で、加盟順では125番目だった。それまでの世界遺産の基準は西欧の石の文化に基づいていた。この対象をアジアの木の文化やアフリカの泥の文化に拡大した。
(1)これにより、93年に文化遺産2件(法隆寺地域の仏教建造物、姫路城)の登録を成功させ、自然遺産2件(白神山地、屋久島)を登録した。日本の努力を西欧以外の国々が支持し、世界遺産の世界的な拡大につながった。日本の世界遺産も順調に増え、登録数は23となり、世界で12番目に位置している。
(2)2015年の世界遺産保有は、1位イタリア50、2位中国47、3位スペイン44、4位フランスとドイツは39と同じで、日本は18でした。しかし、5年後の2020年には登録数が23に増えたため、世界で12番目となったことになる。
2.無形文化遺産の新設:踊りなど多元的な文化遺産で、日本からは能楽、人形浄瑠璃、歌舞伎がまず代表リストに挙がり、その後も和食、和紙などがリスト入りしている。日本の登録数は21と、中国の32に次ぎ、世界で2番目に多くなっている。
3.創造都市ネットの推進:文化的多様性は交流、革新、創造の源として人類に必要なものである。として、対象を文学、映画、音楽、デザイン、食文化など7分野で創造都市ネットワーク化を図った。参加地域は現在246都市が入り、日本からデザインでは名古屋と神戸、都市交流では浜松市は「世界音楽の祭典」を開いたなど、都市ネットワークは広がっている。

読後感
松浦氏のユネスコ活動は、日本の地位向上やインバウンドの増大、地域の活性化にも大いに貢献してくれたと思える。現在国際機関のトップに現在日本人がいないことは日本にとっても大きな損失と痛感する。ぜひ小さいときから英語などを話せるように教育すべきと思った。

松浦晃一郎
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松浦晃一郎
生誕 (1937-09-29) 1937年9月29日(83歳)
日本の旗 日本山口県佐波郡島地村
職業外交官、国連職員、公益法人役員、会社役員
署名
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ロシアウラジーミル・プーチン大統領と共に(2000年10月30日)
イタリアシルヴィオ・ベルルスコーニ首相とともに(2003年5月31日)
議長を務めた第22回世界遺産委員会でドロステ世界遺産センター長と(1998年12月)

松浦 晃一郎(まつうら こういちろう、1937年9月29日 - )は、日本外交官、国連職員。公益財団法人日仏会館理事長、一般社団法人アフリカ協会会長、一般財団法人日本ウズベキスタン・シルクロード財団評議員[1]株式会社パソナグループ監査役中国人民大学名誉教授

過去に、駐フランス共和国特命全権大使ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)第8代事務局長を務めた[2]山口県佐波郡島地村(後の徳地町、今の山口市)出身。

  1. ^ 日本ウズベキスタン・シルクロード財団 本財団の目的と事業
  2. ^ 松浦晃一郎(20)無形文化遺産”. 日本経済新聞 (2020年8月21日). 2020年12月23日閲覧。
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