扇千景 おおぎ ちかげ

政治

掲載時肩書前参議院議長
掲載期間2008/04/01〜2008/04/30
出身地兵庫県
生年月日1933/05/10
掲載回数29 回
執筆時年齢75 歳
最終学歴
宝塚音楽学校
学歴その他神戸高
入社宝塚音楽
配偶者中村扇雀(坂田藤十郎)
主な仕事東宝映画、花札、3時のあなた、参議員 、保守党首、建設大臣、参院議長、
恩師・恩人川口松太郎
人脈同年(若尾、池内、草笛、岡田、黒柳)、 菊田一夫、福田赳夫、小沢一郎、
備考父神戸銀行
論評

4月の日経「私の履歴書」は彼女が登場しました。タカラヅカジェンヌから女優になり梨園の嫁となって、政治家としても活躍した彼女の半生は興味深いものでした。同じく女優から政治家になった山口淑子さんも数奇な運命を辿りましたが、彼女も波乱万丈の人生を歩んでいると言えます。圧巻は、歌舞伎界のしきたりをずいぶん暴露してくれたことで義父の2代目中村鴈治郎の浮気、夫の坂田藤十郎(結婚当時の扇雀)の祇園女性との浮気などが正直に書かれていました。このお二人とも「私の履歴書」に登場していますが、もちろん祇園女性との関係は書かれていませんでした。

この掲載で判ったのが、彼女と同年齢(昭和8年)の女優は若尾文子、池内淳子、草笛光子、岡田茉莉子、黒柳徹子さんであり、7年組みは有馬稲子、久我美子、6年組みは八千草薫さんでした。序に言うと森光子さんは大正8年組みですが、同年に原節子、山口淑子さんがおり、高峰秀子さんの大正13年組みは、京マチ子、淡島千景、越路吹雪、乙羽信子さんです。吉永小百合さんの昭和20年組みは、藤純子、栗原小巻さんらがいます。よく知っているでしょう。昨年の文藝春秋1月号に特集「日本の美人ベスト20」が掲載され、これらの美人の誕生年が載っていたからなのです。

歌舞伎役者の妻から政治家になるまでの経緯も面白い。自民党福田派に所属して大平正芳首相との40日間抗争とその死、離党して新生党に参加、その後小沢一郎氏と行動を共にして新進党を結成したものの、そこを離脱して自由党を結成し、小渕内閣と連立して参画する。連立解消直後に小渕総理の脳梗塞入院となるが、政権内に留まってこそ政策が実現できるとして小沢氏と別れ保守党党首となり、森喜朗内閣の建設大臣となる。その後は自民党に復党してついには参院議長にまで登りつめたのですから、政治家の手腕としても周りから評価されたのでしょう。夫が父親に続いて歌舞伎の人間国宝となり、息子二人も歌舞伎役者として立派に成長しているのですから、妻、母親としても凄い人ですよね。

追悼

氏は‘23年3月9日89歳で亡くなった。この「履歴書」に登場は’08年4月の74歳のときでした。義父の中村鴈治郎氏、夫の三代目中村鴈治郎(四代目坂田藤十郎)との夫婦で「私の履歴書」に3名が登場したのは初めてでした。夫の坂田藤十郎氏が‘20年11月に88歳で亡くなった時、私(吉田)のHPアクセス数は、ご主人よりも夫人の方が断然に多かった。扇氏は「履歴書」に宝塚、義父や夫の花柳界関係、芸能界、政界など正直にズバズバと書いておられた。

1.議員に出馬要請
3時のあなた」の司会者になる前、安倍晋太郎、竹下登、中川一郎といった先生たちに呼ばれて赤坂の料亭でマージャン卓を囲んでいた。何も賭けず、政治の話も出ない楽しい会だった。ところが、昭和47年(1972)に佐藤総理の引退に伴い、田中角栄福田赳夫の両先生が決選投票になって、福田先生が敗れた。
 敗北の夜、成田のホテルで開かれた福田派の会合に呼ばれた。国会議員以外で会場にいたのは私と黛敏郎さんだけだ。私は「総裁選に一度負けたぐらいでなんですか。福田先生、頑張ってください」と言った。女優扇千景は、いつの間にか福田派の応援団のような存在になっていた。総選挙のとき福田派は全国を飛び回るために3機のヘリをチャーターする。一機は福田先生、一機が安倍先生、そしてもう一機が扇千景用だった。
 昭和52年(1977)3月、「福田家」の一室。座卓の向こうに福田総理大臣、大平正芳自民党幹事長、竹下登先生、安倍晋太郎先生が居並んでいる。義父母と夫扇雀、私の4人が対座した。大平幹事長が「お宅のお嫁さんを、今度の参院選挙に貸していただきたい」と頭を下げられた。義父が、おもむろに口を開く。「こんなんで良かったら、どうぞ」。明治生まれの義父は、総理大臣を目の前にしてすっかり舞い上がったのだろう。「女でも、選挙、出られまんのんか?」で、一気に座は和んだ。

*日本経済新聞の3月14日付けで次のような追悼文が出ていた。
扇千景氏は違っていた。派閥の分裂、離党と復党といった永田町の荒波を巧みに泳ぎ渡り、閣僚としても存在感を示した。宝塚歌劇団のお姫さまが三権の長である参院議長に就くとは、1977年の初当選時には誰も想像もしていなかった。
なぜそんなことができたのか。答えは、度胸ではなかろうか。
権力の行方を読むすべにもたけていた。新生党、新進党、自由党と渡り歩くうちに、二階俊博氏に接近する。一緒に自由党を離れて保守党を結党すると、大胆な物言いを買われて党首に担ぎ上げられた。
閣僚としては、初代の国土交通相を務めた。前身の建設省の閣僚経験者が汚職で逮捕され、役所のイメージは最悪の時期だった。防災服のデザイン一新などで、小泉内閣の支持率高止まりに寄与した。(編集委員 大石格)

美女と才女
扇千景
おおぎ千景ちかげ
林 寛子はやし ひろこ
扇千景(2006年8月22日、73歳)
生年月日 (1933-05-10) 1933年5月10日
出生地 日本の旗 日本兵庫県神戸市須磨区
没年月日 (2023-03-09) 2023年3月9日(89歳没)
死没地 日本の旗 日本東京都
所属政党 (自由民主党→)
新生党→)
新進党→)
自由党→)
保守党→)
保守新党→)
自由民主党
称号 従二位
旭日大綬章(女性初)
桐花大綬章(女性初)
大韓民国修交勲章光化章
台湾一等景星勲章
参議院永年在職議員
配偶者 四代目 坂田 藤十郎
親族 長男4代目中村鴈治郎
次男・3代目中村扇雀
中村壱太郎
孫・中村虎之介

日本の旗 第26代 参議院議長
在任期間 2004年7月30日 - 2007年7月28日
天皇 明仁

日本の旗 初代-第2代 国土交通大臣
内閣 第2次森改造内閣(中央省庁再編後)
第1次小泉内閣
第1次小泉第1次改造内閣
在任期間 2001年1月6日 - 2003年9月22日

内閣 第2次森改造内閣(中央省庁再編前)
在任期間 2000年12月5日 - 2001年1月6日

日本の旗 第69代 建設大臣
第36代 国土庁長官
内閣 第2次森内閣
第2次森改造内閣(中央省庁再編前)
在任期間 2000年7月4日 - 2001年1月6日

選挙区全国区→)
比例区[1]
当選回数 5回
在任期間 1977年7月11日 - 1989年7月23日
1993年9月 - 2007年7月28日

その他の職歴
初代 保守党党首
(2000年3月 - 2001年9月)
第3代 新進党参議院議員会長
1996年 - 1997年
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扇 千景(おおぎ ちかげ[2][3][4][5][注釈 1]1933年昭和8年〉5月10日[5] - 2023年令和5年〉3月9日[6])は、日本女優タカラジェンヌ(娘役・41期生[7]政治家。本名は林 寛子(はやし ひろこ)[5]。旧姓は木村(きむら)。兵庫県神戸市出身。

参議院議長(第26代)、国土交通大臣初代第2代)、運輸大臣第78代)、北海道開発庁長官第72代)、建設大臣第69代)、国土庁長官第36代)、科学技術政務次官鈴木善幸改造内閣)、参議院文教委員長参議院議員(5期)、保守党党首(初代)、新進党参議院議員会長(第3代)、靖国神社崇敬奉賛会会長(第3代)などを歴任した。

位階従二位称号旭日大綬章桐花大綬章(女性初)、大韓民国修交勲章光化章台湾一等景星勲章、フランス共和国ボージョレーワイン委員会・フランス食品振興会認定コンパニヨン・デュ・ボージョレー騎士

夫である四代目坂田藤十郎との間に、歌舞伎役者の長男・四代目中村鴈治郎、次男・三代目中村扇雀がいる。義妹は女優の中村玉緒

  1. ^ 参議院議員通常選挙全国区制は1983年に比例代表制に改定された。比例代表制は当初、厳正拘束名簿式だったが、2001年に非拘束名簿式に改定されている。
  2. ^ 国土交通大臣”. 2022年6月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月7日閲覧。
  3. ^ 扇千景 | NHK人物録 | NHKアーカイブス”. 2022年6月7日閲覧。
  4. ^ 扇千景(おおぎ・ちかげ) 【第2次森内閣~改造】…:女性大臣の系譜 写真特集:時事ドットコム”. 2022年6月7日閲覧。
  5. ^ a b c 読売年鑑2013』(読売新聞東京本社,2013年3月27日発行,ISBN 978-4643130010)p.196より
  6. ^ 扇千景さん死去 89歳、食道胃接合部がん 元参院議長 - スポニチ Sponichi Annex 芸能”. スポニチ Sponichi Annex. 2023年3月13日閲覧。
  7. ^ 100年史(人物) 2014, pp. 52–53.


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