安藤百福 あんどう ももふく

食品

掲載時肩書日清食品会長
掲載期間2001/09/01〜2001/09/30
出身地台湾
生年月日1910/03/05
掲載回数
執筆時年齢91 歳
最終学歴
立命館大学
学歴その他
入社図書館 司書
配偶者井上中将 紹介
主な仕事日東商会、冤罪留置場、日清食品、 チキンラーメン、米国進出、カップめん
恩師
人脈久原房之助、田中龍夫、佐藤栄作、藤野 忠次郎、鈴木三郎助
備考食足世平

あんどう ももふく
安藤 百福
Silver statue of Momofuku Ando 20120315.jpg
カップヌードルミュージアムに展示されている安藤の像
生誕呉百福
1910年3月5日
大日本帝国の旗 台湾嘉義庁樸仔脚
死没 (2007-01-05) 2007年1月5日(96歳没)
日本の旗 日本大阪府池田市
国籍大日本帝国の旗 大日本帝国
中華民国の旗 中華民国
日本の旗 日本(1966年に取得[1]
出身校立命館大学専門部経済学科(二部)
職業日清食品創業者
配偶者安藤仁子
子供呉美和(ウー・メイホゥ)[1]長女
安藤宏寿(長男
安藤宏基二男
父: 呉獅玉(呉阿獅)
母: 呉千緑

安藤 百福(あんどう ももふく、1910年明治43年)3月5日 - 2007年平成19年)1月5日)は、日本の実業家日清食品)創業者。インスタントラーメンチキンラーメン」、カップ麺カップヌードル」の開発者として知られる。

日本統治時代の台湾出身で、出生名は呉 百福(ゴー・ペクホク)。台湾本島人のため戦後は中華民国籍となり、1966年昭和41年)に再度日本国籍を再取得した。

1948年(昭和23年)に(株)中交総社(後の日清食品)を設立し[2]、日清食品の代表取締役社長、代表取締役会長、創業者会長を歴任。(日本即席食品工業協会会長、(安藤スポーツ・食文化振興財団理事長、(財)漢方医薬研究振興財団会長、世界ラーメン協会会長、(財)いけだ市民文化振興財団会長などを務めた。池田市名誉市民位階勲等は正四位勲二等。

  1. ^ 官報 昭和41年3月1日
  2. ^ “安藤百福:世界の食文化を変えたミスターヌードル”. nippon.com. (2018年4月18日). https://www.nippon.com/ja/views/b07206/ 2020年2月27日閲覧。 
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