ハワード・ベーカー ハワード ベーカー

行政・司法

掲載時肩書前駐日米大使
掲載期間2009/01/01〜2009/01/31
出身地アメリカ合衆国
生年月日1925/11/15
掲載回数
執筆時年齢84 歳
最終学歴
米国テネシー大学
学歴その他
入社法律事務所
配偶者上院重 鎮娘
主な仕事上院議員、ニクソン糾弾、院内総務、レーガンの首席補佐官、駐日大使、9.11、
恩師
人脈エドワード・ケネ、ナンシー上院と再婚、ブッシュ、パウエル、アーミテージ、福田康夫、
備考
追悼

氏は、’14年6月26日に88歳で亡くなった。ベーカー氏は今までの外国人執筆者29人の一人であるが、米国人では17人のうち、政治家のJ・フルブライト、M・マンスフィールド、W・ペリー、G・ブッシュ、C・ヒルズの6人の中に入っている。氏は、生前「アンバサダー(大使閣下)」よりも「セネター(上院議員)」と呼ばれることを好んだと言われる。

彼の執筆の中で特に印象深かったのは、同じ共和党で個人的に親しかったニクソン大統領をウオーターゲート事件で追求する調査委員会の副委員長を引き受けた記述だった。友人としてニクソンに会い、「誠実に対応して欲しい」と要請するが、ジッと押し黙ったままで、側近を証言台に立たせるように促すと、ニクソンは声を低めて「それを拒否」したという。この瞬間、彼はこの事件に対する考え方を根本から改めなければならないと悟ったと書いている。

そして、ニクソンに「大統領は何を知っていたのか。そして、それをいつ知ったのか」という米政治史に残る名文句で真相解明を迫った。この言葉は彼の政治家としての名声を高め、後々にも大統領による権力の乱用を牽制する際の決まり文句になった。この後、副大統領候補や大統領特別補佐官など要職を歴任し、75歳で駐日米大使に就任した。

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