美女と才女
曽野綾子  
作家
生年月日1931年9月17日

臼井吉見は、曽野や有吉佐和子、田辺聖子の活躍を「才女時代」と評した。文学史的には、遠藤周作、安岡章太郎、吉行淳之介、小島信夫、庄野潤三、近藤啓太郎、阿川弘之、三浦、小沼丹、島尾敏雄らと共に「第三の新人」に属す。
1995年から2005年まで日本財団会長職を務め、2009年10月からは日本郵政社外取締役に就任。2000年、元ペルー大統領のアルベルト・フジモリ(8年前のアウトゴルペで失脚)が日本に長期滞在した折、自宅に私人として受け入れた。

曽野その綾子あやこ
Ayako Sono 01.jpg
1956年頃撮影
誕生 町田 知壽子
(1931-09-17) 1931年9月17日(89歳)
日本の旗 日本東京府南葛飾郡本田町
職業 作家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
教育 学士文学
最終学歴 聖心女子大学英文科
活動期間 1951年 -
ジャンル 小説随筆童話翻訳
文学活動 第三の新人
代表作 『遠来の客たち』(1954年)
『砂糖菓子の壊れるとき』(1965年)
『生贄の島』(1969年)
『無名碑』(1969年)
『虚構の家』(1974年)
『神の汚れた手』(1979年)
主な受賞歴 日本芸術院賞恩賜賞(1993年)
吉川英治文化賞(1997年)
菊池寛賞(2012年)
デビュー作 『裾野』(1951年)
配偶者 三浦朱門
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曽野 綾子(その あやこ、1931年(昭和6年)9月17日 - )は、日本の作家。「野」表記もある。本名は三浦知壽子。旧姓、町田。カトリック教徒で洗礼名はマリア・エリザベト。聖心女子大学文学部英文科卒業。夫は三浦朱門。『遠来の客たち』が芥川賞候補に挙げられ、出世作となった。以後、宗教、社会問題などをテーマに幅広く執筆活動を展開。エッセイ『誰のために愛するか』はじめベストセラーは数多い。近年は生き方や老い方をテーマとしたエッセイが多く、人気を集めている。保守的論者としても知られる。大学の後輩である上皇后美智子とは親交が深く、三浦の生前から夫婦ぐるみで親しかった。上皇后(天皇)夫妻が葉山で静養する折、夫妻で三浦半島の曽野の別荘を訪問することも多い[1][2][3][4]日本財団会長、日本郵政取締役を務めた[5]芸術院会員。文化功労者

  1. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2018年10月20日). “曽野綾子さん「どんな人生も豊かに受け取れる方」 皇后さま84歳” (日本語). 産経ニュース. 2021年2月21日閲覧。
  2. ^ 悲しみ寄り添う存在に 皇室批判や葛藤乗り越え : まとめ読み : ニュース” (日本語). 読売新聞オンライン (2018年10月23日). 2021年2月21日閲覧。
  3. ^ 永井貴子 (20190429T070000+0900). “皇后さまの夢「本屋の立ち読み」 曽野綾子がかなえて差し上げた日 〈週刊朝日〉” (日本語). AERA dot. (アエラドット). 2021年2月21日閲覧。
  4. ^ 代替わりへ:両陛下とわたし/1 どんな話も、大切に 作家・曽野綾子さん(87)” (日本語). 毎日新聞. 2021年2月21日閲覧。
  5. ^ “役員異動のお知らせ” (PDF) (プレスリリース), 日本郵政株式会社, (2009年10月28日), https://www.japanpost.jp/pressrelease/jpn/1001_00_05_2009102801_1.pdf 2019年3月7日閲覧。 
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