美女と才女
中村メイコ  
女優
生年月日1934年5月13日

1934年昭和9年〉5月13日 – 2023年令和5年〉12月31日)、東京生まれ。日本の女優歌手タレント。2歳の時にP.C.L映画製作所(現:東宝)制作の『江戸っ子健ちゃん』に出演し、映画デビューを果たす。その後も映画やラジオに多数出演、複数の配役をこなし、浪曲師の2代目天中軒雲月ばりの7つの声として[3]有名となった。天才子役としてデビューして以来、榎本健一古川ロッパ徳川夢声柳家金語楼森繁久彌らと共演した。幼い頃には作家の菊池寛とも会食している。NHKには、テレビ本放送開始以前のラジオ時代から出演、テレビ放送においても1940年(昭和15年)に開催が予定されていた東京オリンピックに先立つ実験放送の頃から出演し、黒柳徹子と並んで日本のテレビ放送黎明期を語る上で欠かせない存在となった。

2023年12月31日、89歳で亡くなった。彼女は人気歌手の美空ひばり(1937年生まれ:3歳下)の母親から「娘の友達になっていろいろ教えてやって欲しい」と頼まれた。ひばりも幼くして芸能界に入り有名になったため、友達や相談する相手が少なかったからと思われる。ひばりも頼れる相手として親しくお付き合いしていたようだ。ひばりの思い出話を聞いたことがある。

 舞台が終わって一人になり、メイコさんに会いたくなってタクシーでメイコさん宅に行った。タクシーを降りようとすると「財布を忘れていた」。彼女が運転手に「わたし美空ひばりだけど、今お金を持っていないので、ちょっと待っていてください」と頼んだ。すると、無賃常習者と疑い「あなたは美空ひばりさんの証拠を見せてください」と言う。ひばりは「証明する証書はないので歌います」と「リンゴ追分」などを歌ったそうだ。運転手はこの歌を聴きすっかり感心し、「すみません。間違いなくひばりさんです。おみそれしました。お代はいりません」と放免してくだったと。

 そしてメイコさん宅に入るとこの報告をして、メイコさん、神津旦那と大笑いしたと語っている。そして夜も遅くなったので、「さて寝るか」となる。しかし、ベットはダブルベッド一つ。メイコさんが「悪いけど、一緒に寝ましょ」と言い、ひばりを挟んで3人が寝ることになった。ひばりはこれを明るく受け止め、「私はいつもセンターで立ち振る舞いをしなくちゃね」と言った。

なかむら めいこ
中村 メイコ
中村 メイコ
サンケイグラフ』1955年(昭和30年)
本名 神津 五月(こうづ さつき)
別名義 ナカムラメイコ[1]・中村 メイ子(旧芸名)
生年月日 (1934-05-13) 1934年5月13日
没年月日 (2023-12-31) 2023年12月31日(89歳没)
出生地 日本の旗 日本東京市杉並区
死没地 日本の旗 日本東京都
職業 女優歌手タレント
ジャンル 映画テレビドラマラジオ舞台
活動期間 1937年(昭和12年) - 2023年(令和5年)
配偶者 神津善行
著名な家族 中村正常(父)
中村チエコ(母)
神津カンナ(長女)
神津はづき(次女)
杉本哲太(次女の夫)
神津善之介(長男)
主な作品
テレビドラマ
ノンちゃんの夢
おやじのヒゲ』シリーズ
八代将軍吉宗
篤姫
 
受賞
第34回NHK放送文化賞
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中村 メイコ(なかむら めいこ、1934年昭和9年〉5月13日 - 2023年令和5年〉12月31日[1])は、日本の女優歌手タレント。旧芸名は中村 メイ子。本名は神津 五月(こうづ さつき)。 芸名は新旧共に、旧姓時の本名である「中村 五月」に由来する(日本語の「五月」を英語の「May」に置き換えたもの[注釈 1])。初めは全て片仮名の「ナカムラメイコ」としたが、後に1937年から中村を漢字に改めた[1]ホリプロ所属。

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