J.K.ガルブレイス がるぶれいす

学術

掲載時肩書経済学者
掲載期間2004/01/01〜2004/01/31
出身地カナダ
生年月日1908/10/15
掲載回数30 回
執筆時年齢96 歳
最終学歴
米国カリフォルニア・バークレー校
学歴その他オンタリ オ農大、ケンブリッジ留学
入社ハーバー ド講師
配偶者級友
主な仕事農業経済学、ハーバード大、ケンブリッジ留学、プリンストン大、ニューデール参画、フォーチュン誌、豊かな社会、インド大使、不確実の時代
恩師ケインズ教授、ブラック教授
人脈シュンペーター、都留重人、反:フリードマン、ネール、ルーズベルト夫妻、ネール、歴代・大統領顧問
備考ケネディ兄弟を学生指導
論評

1908年10月15日 – 2006年4月29日)は、カナダ出身の制度派経済学者である。ハーバード大学名誉教授。身長は2メートルを超え、偉大な業績とも相まって「経済学の巨人」と評された。第二次世界大戦中、彼は物価局の副局長として戦時インフレ抑止に活躍、アメリカにおける「物価皇帝」の異名をとった。終戦時彼は連合国戦略爆撃調査団の一員として調査を実行、戦略爆撃は戦争終結短期化に効果はなかったとの結論を導き出している。またドイツおよび日本の戦後統治に関するアドヴァイザーともなった。また彼は1943年から1948年にかけて「フォーチュン」誌の編集者を務め、1949年にはハーヴァード大学の経済学教授に就任した。ジョン・F・ケネディ大統領とは友人であり、同大統領の任命により1961年から1963年にかけて米国の駐インド大使として赴任、同地でインド政府の経済開発の支援を試みた。

1.私の誇り
昨年10月に95歳の誕生日を迎えた。日本の若い人たちからも「ゆたかな社会」や「不確実性の時代」の本で予想しなかったほどの多くの反響をいただいた。しかし、人生を振り返ると、自分がしたことで最も重要なことは本を書いたことではなかったと思う。世の中に最も貢献できた期間はそうした本を書く前の、第二次世界大戦の数年間に凝縮される。
 それは、ルーズベルト大統領のニューディール政策に参画したことであり、とりわけ戦時の物価安定に政策責任者としてかかわったことだ。あの大変な時代を、米国がインフレや経済危機なく乗り切るのに貢献できたことを今でも誇りに思っている。

2.「ゆたかな社会」の主張
自分の著作の中で、最も重要で影響力のあった本は1958年の「ゆたかな社会」である。本の構成がはっきりと浮かんだのはその2年前のことだ。
衣食住の欠乏を満たすために、人々は必死に働く。世界のどこでも、それがずっと社会の現実だった。経済学の書物も、そういう社会を前提に書かれてきた。ところが、米国などでは、もはや衣食住には困らず、楽しみのために消費するような社会が生まれつつあった。これが「ゆたかな社会」である。こうした社会ではそれまでの経済学の大前提が成立しなくなる。それは、消費者のニーズがあるから、生産者がモノを生産するという概念である。衣食住の必需品が中心の社会ではそうであったかもしれない。しかし、「ゆたかな社会」では、消費者の欲求はセールスや広告によって外からつくられることもあるのである。経済の主役は消費者から生産者に移っていくのだ。 
そうした中で、公共サービスの供給は、飛躍的に拡大する生産に見合った形で自然に増えるわけではない。これはゴミの増加とゴミ収集サービスの関係を見れば、わかりやすい。生産拡大に見合った公共サービスの提供という「社会的バランス」が重要だ。この本はこのようなことをざっと主張したのだった。

3.ケネディ兄弟
1960年の大統領選挙で私は、若き民主党候補のケネディ上院議員をアドバイザーとして応援することになった。私は彼らがハーバード大の学生の時からケネディを良く知っていた。私が指導教官として住んでいた学寮の一員だったからだ。誰もが優秀さを認めていた兄ジョセフは第二次大戦で戦死していた。弟ケネディは、人間的な魅力にあふれた男で、知的水準も高かった。政治家としての特徴は、自分を飾ろうとしないことだ。政治家の多くは自分のイメージを高めようと試みるが、彼は自分の個性に満足していた。
 欠点があるとすれば、せっかちなことだ。すでに知っていたり、知る必要がないと思ったりしていることを長々と説明されると、いらいらするのがすぐ分かった。ケネディは農業問題の知識が全くないことをいつも悔やんでいた。農業問題については私のアドバイスを熱心に聞いた。

追悼

日本への期待  日本経済新聞「私の履歴書」 2004年1月30日

米国の力の源はモノの生産にあるのではない。大学など高等教育を重視してきたことや、芸術、スポーツなどが栄えてきたことに大きな特徴がある。米国経済の問題は所得配分が不公平である結果、十分な需要が生まれないことである。富裕層は所得を貯蓄に回す部分が大きく、消費が制約されるので、需要の流れが不十分になるのである。
 これに対して日本では、国民全体の生活水準が高まったため、こうした問題は解決されている。ところが、大衆が満たされた生活を送れるようになった結果、新たな消費が生まれないという問題を招いているのである。

 日本はこれまで他の国のマネをしようとしすぎた。これが日本の弱みである。多くの人が欧米を見てどうすべきかを考え、自発性や自分自身の決断を軽視しすぎた。車なども欧米のデザインをマネているのをよく見かけた。自分のデザイン、自分の創意工夫に日本人はもっと自信を持つべきだ。
 日本には、人生の喜び、楽しみといったほかの側面を重視する国になって欲しいと思う。GNP(国民生産)に行き過ぎた関心を、GNE(グロス・ナショナル・エンジョイメント=楽しみ)に向けるべきと考える。

 変わって欲しくないこともある。私が日本を見て一番うれしいのは、経済が軍事的な影響力から逃れている点である。非軍事分野だけで強い経済を維持してきたのである。これはこのままでいて欲しいし、ほかの国もこの点は日本に習って欲しい。

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