高橋温 たかはし あつし

金融

掲載時肩書三井住友信託銀行名誉顧問
掲載期間2023/10/01〜2023/10/31
出身地上海
生年月日1941/07/23
掲載回数30 回
執筆時年齢82 歳
最終学歴
京都大学
学歴その他盛岡第一高
入社住友信託銀行
配偶者社内結婚(3年目)
主な仕事信託研究の論文、総合企画部(MOF)、長銀合併・UFG合併破談、中央信託トラスト合併
恩師・恩人林良平
人脈羽毛田信吾、佐藤茂雄、中川光男、大野木克信、玉越良介、西川善文、沖原隆宗
備考父:東京市役所幹部
論評

金融機関(銀行、信託、証券、保険など)からの「履歴書」登場は43名と多いが、信託銀行出身は池田謙蔵(三菱信託)に次いで、氏は2番目である。世界的な金融危機で日本における金融業界再編渦中、1970年代半ばの大手行は都銀13行、長信銀3行、信託銀行7行の23行体制だったが、いま大手行と呼ばれるのは三菱UFJ、SMBC、みずほ、りそな、三井住友信託の5行になった。氏はこの環境変化への対応を詳細に語ってくれていた。

1「信託」業務とは
これは、他人の財産の運用と管理を行うにあたって、その財産を名義ごと信託銀行など受託者に移転することに大きな特徴がある。「代理」や銀行預金など「寄託」では名義は移転しない。名義まで移すのだから、受託者責任は極めて重い。長期にわたって委託者・受益者の信頼に応える誠実な精神や高度な専門性、信託機能を熟知した商品開発力が求められる。
 信託業界は戦後、様々な分野で日本経済の発展や企業の成長、家計の資産形成に貢献してきた。貸付信託は高度成長期の設備投資を資金面から支え、家計の退職金受け皿となり、年金信託は企業の従業員の福祉向上に資した。投資信託・金銭信託は家計や年金の運用資金を内外の金融市場に行きわたらせ「貯蓄」から「投資」の一翼を担う。今や人生100年時代。高齢者の資産管理・相続・認知症への備えなどをパッケージで提供する商品も開発している。

2.大蔵省(MOF)担当の仕事
1980年春、38歳のとき総合企画部の調査役に就いた。大蔵省や日銀、金融界などとの調整全般と広報を担う責任者である。とりわけ重要だったのは監督当局である大蔵省との関係づくりだ。他の銀行にも同じ役割の職種があり「MOF(Ministry Of Finance)担」と呼ばれていた。
「4階」。板張りの廊下を、私を含めて大手銀行のモフ担が用のあるなしに関わらずうろうろし、アポントも無いのに見計らって、お目当ての課長補佐や係長のデスクの前に置かれた椅子に坐り込む。役所の側も心得たもので「今日は何か用件でも?」といった野暮なことは問わない。仕事の手をしばし休めて、こっちが何か言い出すのを待つのだ。
まさか天気の話をするわけにはいかない。第一声から当局にも有用な情報ありげに話題を切り出すのが肝心だった。4階ではおのずと他の銀行の担当者と出くわすこともあった。元日本興業銀行(現みずほ銀行)副頭取の奥本洋三さんや三井住友フィナンシャルグループ会長の国部毅さんとはこのとき顔見知りとなった。

3.日本長期信用銀行(長銀)との合併構想と破談
1998年3月2日に新良篤前社長から私が社長に就任した。その3か月後の6月22日、長銀の大野木克信頭取から「御行と統合交渉をさせていただきたい」との申し入れがあった。既に長銀は不良債権処理の遅れでマーケットの攻撃にさらされていた。「検討を開始します」。そう答えるのがギリギリの線だった。
 この会話の中で大野木さんから重大は発言があったのを忘れない。「(統合)スキームについては『当局』の支援もあるので」と。
 この後、政府は何としても長銀の経営破綻を回避しようと、住友信託銀行との合併を実現させようとして、小渕恵三首相、宮沢喜一蔵相、野中広務官房長官、速水優日銀総裁、日野正晴金融庁長官の5人から詰め寄られるが、合併実現の前提3条件をきっぱりと提示した。株主総会での承認を得るための必須条件である。①合併時期は1年以内を想定し、住友信託により吸収合併とする、②長銀からは正常債権のみ引き継ぐ、③長銀の関連会社の不良資産は長銀の責任で事前にきれいにしてもらう・・・。
 焦点は②と③である。私は債権の細かな分類基準についてあえて明言しなかった。最後まで金融監督庁から長銀の資産査定をしてもらえず、資産内容が不透明だったことが②と③の条件を妨げ、合併破談の最大原因となった。

4.社外取締役の役目
2005年6月末、約7年半にわたる住友信託銀行社長の職を退いた。今年(2023)6月には京王電鉄取締役を最後に32年間にわたった上場企業の取締役の任を終えた。こうした長年の取締役の経験、注力した「日本取締役協会」の活動から、取締役会の機能、社外取締役の役割について少し私見を述べたい。
 今日、多くの企業で取締役会が執行と監視を兼ねているのは疑問だ。取締役会はしょせん会議体であり、物事を推進・遂行する力はない。その基本的役割は、社長の選解任、経営戦略、内部統制、業績評価等の決定に対するモニタリング(監視)である。
 現在、上場企業の大半は監査役会設置会社か監査等委員会設置会社であり、取締役会をモニタリング・ボードと明確に位置付ける指名委員会等設置会社は90社ほどに過ぎぬ。「社外取締役を主たる構成員とする取締役会の監視機能への特化」を会社法が打ち出すべきではないか。
 CEO(最高経営責任者)選びに際した社外取締役の自覚と見識は重大である。CEOの多くが内部昇格者だが、その選定に於いて「理想のCEO像」から逆算し「満遍なくキャリヤを積んでいる」「海外経験が豊富だ」「人柄も良い」といった基準を設け、これを満たす人材を選びがちだ。実はこれが最も良くない。CEOは学校秀才を選ぶのとは全く異なる。
 問われるのは会社の社会的存在意義を常にアップデートする「構想力」であり、新たな市場と顧客の開拓に挑戦する「志」であり、その思いをステークホルダーに訴求できる「発信力」であろう。

高橋 温(たかはし あつし、1941年7月23日 - )は、日本の経営者住友信託銀行社長・会長を務めた。岩手県岩手郡松尾村(現・八幡平市)出身[1]

  1. ^ 高橋温・住友信託銀行相談役(岩手県松尾村=現八幡平市=出身)2011年 4月14日 日本経済新聞
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