掲載時肩書 | ユニチャーム会長 |
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掲載期間 | 2010/03/01〜2010/03/31 |
出身地 | 愛媛県 |
生年月日 | 1931/03/16 |
掲載回数 | |
執筆時年齢 | 79 歳 |
最終学歴 | 大阪市立大学 |
学歴その他 | 松山 |
入社 | 関西紙業 |
配偶者 | 7歳下 学生 |
主な仕事 | 城山製紙、国光製紙(父)、独立(大成化 工)、チャームナプキン、紙おむつ、NBC会長、海外展開 |
恩師 | |
人脈 | 開高健(大学)丸坊主(森下泰、塚本幸一 )研ナオコ、丸田芳郎、大川功、関本忠弘 |
備考 | 父郷土名士 |
氏は’18年10月3日87歳で亡くなった。この「履歴書」に登場は2010年3月で79歳のときであった。氏は「1番になると母が喜んでくれる」ため、勉強もまじめにした。「予習復習は欠かさず、何でもノートに残した。ノート魔は大人になっても変わらない。ゴルフの昼食時でも大学ノートを出し、相手から何かを学び取ろうとして、驚かれることはザラだった。今でも会社の執務室に700冊のノートが並び、読み返している」と書いている。
消費社会の構造変化をとらえる嗅覚は鋭かった。生理用品、紙おむつ、老人用紙おむつ、ペット用品と紙を軸に成長分野へと事業領域を拡げ、勝ちパターンをアジアを中心とした新興国へも当てはめ成長させた。宣伝能力も優れており、従来のナプキンは厚いことが安心感となっていたが、これを技術力で半分の厚さでも変わらない商品を開発した。これを研ナオコの軽妙なキャラクター起用で「まだお厚いのが、お好き?」のセリフが評判となる。この商品が当たり、同業アンネを抜き去り、日本一となった。
しかし、晩年に蹉跌も経験している。ニュービジネス協議会(NBC)の会長に前任のCSKの大川功氏から引き継ぐことが内定していたが、初代会長の野田一夫氏からクレームが付いた。そのクレーム理由を高原氏は「根っからのナンバーワン志向が鼻についたのだろう。勉強会では必ず最前列に座り、質問も最初に手を挙げる。宴席でもノートを拡げペンを執った。最初は「勉強熱心ですね」と言われたが距離を置く人もいた」。NBC会員530をまとめるには自分の非を改めることでこの難関を切り抜けた。