鈴木大拙 すずき だいせつ

学術

掲載時肩書日本学士院会員
掲載期間1961/09/28〜1961/10/18
出身地石川県
生年月日1870/10/18
掲載回数21 回
執筆時年齢91 歳
最終学歴
東京大学
学歴その他早大前
入社
配偶者米国人
主な仕事鎌倉円覚寺(洪川老師、宗演老師) 米国仏教講演、学習院教授、大谷大学
恩師宗演老師
人脈西田幾多郎、安宅弥吉(スポンサー) 禅・英語版20冊
備考
鈴木 大拙
(すずき だいせつ)
1870年11月11日 - 1966年7月12日
Daisetsu Teitarō Suzuki photographed by Shigeru Tamura.jpg
1953年頃撮影
貞太郎(ていたろう)
大拙(だいせつ)
生地 石川県金沢市下本田村(現・本多町3丁目)
没地 東京築地聖路加病院
宗派 臨済宗
寺院 円覚寺正伝庵
今北洪川釈宗演
弟子 柳宗悦松方三郎
著作大乗起信論』〔英訳〕(1900年)
『大乗仏教概論』〔英文〕(1908年)
『禅論文集1-3』〔英文〕(1927年、1933年、1934年)
『浄土系思想論』(1942年)
『禅思想史研究第一 盤珪禅』(1943年)
『日本的霊性』(1944年)
『臨済の基本思想』(1949年)[1]

鈴木 大拙(すずき だいせつ、本名:貞太郎〈ていたろう〉、英語: D. T. Suzuki 〈Daisetz Teitaro Suzuki[2][3][4]1870年11月11日明治3年〉10月18日 - 1966年昭和41年〉7月12日)は、日本仏教学者文学博士である。についての著作を英語で著し、日本の禅文化を海外に広く知らしめた。著書約100冊の内23冊が、英文で書かれている。梅原猛曰く、「近代日本最大の仏教学者」。[要出典]1949年に文化勲章日本学士院会員

名の「大拙」は居士号である。同郷の西田幾多郎藤岡作太郎とは石川県立専門学校以来の友人であり、鈴木、西田、藤岡の三人は「加賀の三太郎」と称された。また、金沢時代の旧友である安宅産業安宅弥吉は「お前は学問をやれ、俺は金儲けをしてお前を食わしてやる」と約束し、大拙を経済的に支援した[5]

生前、1963年ノーベル平和賞の候補に挙がっていたものの、受賞を逸している[6]

  1. ^ 鈴木大拙 主な著作年表” (日本語). 鈴木大拙館. 2014年5月31日閲覧。
  2. ^ 鈴木大拙 略歴” (日本語). 鈴木大拙館. 2012年2月17日閲覧。
  3. ^ Daisetz Teitaro Suzuki; D.Litt (1935年). “Manual of Zen Buddhism (PDF)” (英語). Buddha Dharma Education Association Inc.. 2012年2月17日閲覧。
  4. ^ D.T.SUZUKI DOCUMENTARY PROJECT. “A ZEN LIFE” (日本語). Japan Inter-Culture Foundation. 2012年2月17日閲覧。
  5. ^ 安宅夏夫『鎌倉文学散歩』松尾順造(写真)、保育社、1993年、11頁。
  6. ^ Nomination Database”. Nobelprize.org. 2017年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月3日閲覧。
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