藤林益三 ふじばやし えきぞう

行政・司法

掲載時肩書元最高裁長官
掲載期間1989/01/01〜1989/01/31
出身地京都府
生年月日1907/08/26
掲載回数
執筆時年齢82 歳
最終学歴
東京大学
学歴その他三高
入社法律事務所
配偶者巖谷小 波3女
主な仕事弁護士、聖書読書会(無教会)、会社更 生法立案、顧問弁護士、最高裁、
恩師今西誠一 先生
人脈山室軍平、末弘厳太郎、小さん師匠、石 田和外(長官公邸には抜け道)、ロ事件(コーチャン免責)
備考クリスチャン
藤林 益三
生年月日 (1907-08-26) 1907年8月26日
出生地 日本の旗 日本京都府船井郡五ヶ荘村田原
没年月日 (2007-04-24) 2007年4月24日(99歳没)
死没地 日本の旗 日本東京都稲城市
出身校 東京帝国大学法学部
宗教 キリスト教無教会主義

任期 1970年7月31日 - 1976年5月25日
任命者 第3次佐藤内閣

任期 1976年5月25日 - 1977年8月25日
任命者 昭和天皇(三木内閣の指名に基づく)
後任者 岡原昌男
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藤林 益三(ふじばやし えきぞう、1907年明治40年)8月26日 - 2007年平成19年)4月24日)は日本弁護士第一東京弁護士会所属)。第7代最高裁判所長官。夫人は明治の文豪、巖谷小波の末娘。

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