掲載時肩書 | 作家 |
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掲載期間 | 1965/09/17〜1965/10/14 |
出身地 | 静岡県 |
生年月日 | 1897/05/04 |
掲載回数 | 28 回 |
執筆時年齢 | 69 歳 |
最終学歴 | 東京大学 |
学歴その他 | 一高仏 |
入社 | 農商務省 |
配偶者 | |
主な仕事 | 父・天理教に財産を寄付、天理教否定 仏留学3年、「人間の運命」 |
恩師 | 有島武郎 石丸氏 |
人脈 | ペンクラブ(藤村)、岡野喜一郎 |
備考 | 次郎長のYさん |
芹沢 光治良 (せりざわ こうじろう) | |
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![]() 1956年頃撮影 | |
誕生 | 1896年5月4日![]() (現・沼津市我入道) |
死没 | 1993年3月23日(96歳没)![]() |
墓地 | ![]() |
職業 | 小説家 |
言語 | 日本語 |
国籍 | ![]() |
教育 | 学士(経済学) |
最終学歴 | 東京帝国大学経済学部 |
活動期間 | 1930年 - 1993年 |
ジャンル | 小説 |
代表作 | 『橋の手前』(1933年) 『巴里に死す』(1943年) 『一つの世界』(1955年) 『人間の運命』(1962-68年) |
主な受賞歴 | 友好大賞(フランス)(1957年) フランス友好国大賞(1959年) 芸術選奨(1965年) 日本芸術院賞(1969年) 芸術文化勲章(コマンドゥール)(1974年) |
デビュー作 | 『ブルジョア』(1930年) |
パートナー | 金江 |
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芹沢 光治良(せりざわ こうじろう、1896年(明治29年)5月4日 - 1993年(平成5年)3月23日)は日本の小説家。静岡県沼津市名誉市民。東京帝国大学経済学部卒。仏留学後、『ブルジョア』で出発。『巴里に死す』で注目された。作品は父性希求、天理教を主題にしたもの、日本と西洋の対比やその矛盾を追究するものの系列があり、冷徹な目を据えながら、生と死、愛の問題を扱った主知的ヒューマニズム作家。日本よりもむしろ海外(特にフランス)で高い評価を受け、後年しばしばノーベル文学賞候補と噂された。晩年には、「文学はもの言わぬ神の意思に言葉を与えることだ」[1]との信念に拠り、"神シリーズ"と呼ばれる、神を題材にした一連の作品で独特な神秘的世界を描いた。日本ペンクラブ会長。芸術院会員。