米沢富美子 よねざわ ふみこ

学術

掲載時肩書慶應大学名誉教授
掲載期間2012/06/01〜2012/06/30
出身地大阪府
生年月日1938/10/19
掲載回数29 回
執筆時年齢74 歳
最終学歴
京都大学
学歴その他茨木高
入社大学4年制2.5%
配偶者京大3上
主な仕事湯川秀樹教室、エスペラント語、夫追い英国留学、「不規則系新理論」、東工大、NY大、慶応大、女性科学者のノーベル賞受賞
恩師篤本篤治
人脈湯川秀樹先生、朝永振一郎先生、夫:レコフ社長、久保亮五先生、浅野摂郎、
備考IQ175 持ち主
追悼

氏は’19年1月17日80歳で亡くなった。この「履歴書」に登場は2012年6月で73歳のときでした。女性学者で登場は氏が唯一でした。他の女性は政治家、作家、芸術家などでの登場です。京都大学大学院終了後、京大助教授や慶応大教授を歴任し、アモルファス(非晶質物質)研究で世界の第一人者でした。96年に女性で初めて日本物理学会の会長を務めるなど、女性科学者の草分け的な存在として活躍した。氏は「履歴書」に次のように書いている。

私はほんの幼い頃から、見るもの聞くものに好奇心を示し「なぜ」「どうして」を連発していたという。空を眺めては「宇宙の果てはどうなっているの」と聞き、時計をいじっては「宇宙は無限の昔からあったの」と食い下がる。20世紀の物理学は、これらの問いに対する答えを用意してくれていた。物理学に興味を持つ始まりは数学だった。幼稚園のときに幾何の面白さに目覚め、大学までの十数年間、数学の演習問題を山のように解いた。そして小学校時代には、大阪府全体の知能テストがあったが、その結果はIQが175と出て、担任の先生が「大阪府で一番」だと知らせてくれた。

晩年に「どんな哲学で生きてきたか」と問われることが多くなった。そのとき、氏は次の5つを挙げていた。
1. 自分の可能性に限界をひかない
2. 行動に移す
3. めげない
4. 優先順位をつける
5. 集中力を養う
優れた人は言明する言葉が違う。私は「優先順位をつける」「行動に移す」「めげない」だけで精一杯です。

美女と才女
米沢富美子

米沢 富美子(よねざわ ふみこ、女性、1938年10月19日 - 2019年1月17日[1][2])は、日本理論物理学者慶應義塾大学名誉教授。専門は物性理論、特に固体物理学アモルファス研究で国際的に知られる。理学博士京都大学)(1966年)。大阪府吹田市生まれ。旧姓名、奥 富美子

日本の女性科学者の草分けとして、一般向けの著書や発言も多い。

  1. ^ “米沢富美子氏死去=慶応大名誉教授・理論物理学”. 時事通信社. (2919年1月21日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2019012101206&g=soc 2019年1月22日閲覧。 
  2. ^ “米沢富美子さん死去 日本女性科学者の草分け的存在”. 朝日新聞デジタル. (2019年1月21日). https://www.asahi.com/articles/ASM1P6F02M1PULBJ011.html 2019年1月22日閲覧。 
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