篠原三代平 しのはら みよへい

学術

掲載時肩書一橋大学名誉教授
掲載期間2009/06/01〜2009/06/30
出身地富山県
生年月日1919/10/26
掲載回数29 回
執筆時年齢89 歳
最終学歴
一橋大学
学歴その他高岡 高商
入社特別研究生
配偶者見合(3泊4日外出許可で結婚)
主な仕事教授→経企庁、八幡・富士賛成、アジアクラブ、米留学、景気10年波長説、篠原経済分析
恩師・恩人大熊信行先生、中山伊知郎教授
人脈都留重人、大川一司、小宮隆太郎、大来佐武郎、下村治、金森久雄、シュナイダー&クラーク博士、板垣與一
備考ケインズとハイエク両方信奉
論評

1919年10月26日 – 2012年12月7日)は富山県生まれ。経済学者。一橋大学名誉教授。専門は経済理論。大蔵省の研究員を4年間務めたのち、一橋大学経済研究所の助教授に就任。そこで大川一司の影響を受け、理論研究から、実証研究に重点を移す。日本経済学会会長、景気循環学会会長、財団法人アジア・クラブ理事長、統計研究会会長、アジア経済研究所会長、財団法人全国統計協会連合会大内賞委員会委員長、経済企画庁経済研究所所長[5]、経済企画庁参与、日本銀行参与等を歴任。

1.恩師・中山伊一郎先生のお人柄
中山先生は才人であると同時に詩人でもあった。そして英・独・仏の3か国語の書物を自由に読みこなした。しかも先生は事柄の本質をたちまちのうちに見抜いた。読むに値する経済書と、値しない書物をいち早く峻別して、短時間のうちに核心に到達された。
 一橋大学の学長として教授会を主宰したときの手腕も忘れ難い。ある教授は「(国鉄の)中央線に例えれば、新宿から四ツ谷、御茶ノ水、神田を通り越して東京駅に直行する感がある」と先生を評したものである。多くの出席者が「ああでもない、こうでもない」と時間を空費している間に、先生はずばりと本質を見抜いてしまう。学問に限らず教授会や、中央労働委員会の調停でも常に変わらず、バランスを配慮された結論だった。 時評一つを書くのでも、熟慮に熟慮を重ねていらした。その手法は、オーソドックスでありながら、時事問題にも常に配慮し、バランスのとれた発言を心がけることに多大なエネルギーを費やしていらした。

2.八幡製鉄・富士製鉄合併の教訓
昭和40年(1965)代初め、両社の合併問題が持ち上がった。当時、ある学者グループが経済学者を対象にして行われたアンケート調査では、80人を超す対象者のうち、「合併による規模拡大の利益はかなり著しい」という意見を提出したのはたった二人で、その内の一人が私である。
 私が合併に賛成したのは、通産省(現経済産業省)が当時行っていた設備投資調整への介入をやめ、これを“野放しにする”決定を同時に行うことを条件としていた。政府が介入を止めれば、八幡と富士が合併しても住友金属工業、川崎製鉄との間で競争が行われ、「新日本製鉄」のシェアを押し下げるような活力が生まれると信じたからだ。
 大型合併反対論者の重要な根拠は、寡占的集中が鉄鋼価格の硬直化を伴うという教科書的な考え方にあった。だが、合併後、業界での価格の硬直化や引き上げが生じたかといえば、そうではない。むしろ鉄鋼業の急速な技術進歩によって我が国の鉄鋼価格は国際的にはかえって低めに推移する結果となった。現実は教科書とは異なる。ダイナミックに成長する経済では、独占や寡占の問題を技術革新など成長過程で再評価することなしには、合併の是非は論じえない。

3.篠原経済分析の特徴
1987年、私は筑摩書房の誘いを受けて「日本経済研究 篠原三代平著作集」4冊を取り纏めた。特徴は、
(1)私の研究は常に、既存の理論を実証によってテストし、実証の中から一層適切な理論を導き出す、いわば理論と実証の相互交渉の繰り返しだったということ。
(2)執筆はけっして「一点集中型」でなく、きわめて多面的だった。
(3)私は自ら論争を買って出たことは一度もない。にもかかわらず、他から論争を挑まれる結果、論争的な論文が多かった。小島清氏との「戦前の交易条件闘争」がその一例である。
(4)どちらかというと「パイオニア型」のものが多かった。人より早く新しい仮説なり分析を提出することを好んだ。これらをふりかえると、いかに多面的にパイオニア型であったかをしみじみと感じる。

篠原三代平
生誕 1919年10月26日
死没 (2012-12-07) 2012年12月7日(93歳没)
研究分野 景気循環論
他の指導教員 大熊信行中山伊知郎
影響を
受けた人物
シュンペーター
影響を
与えた人物
尾高煌之助[1]
受賞 日本学士院賞
文化勲章
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篠原 三代平(しのはら みよへい、1919年10月26日 - 2012年12月7日)は、日本経済学者一橋大学名誉教授。専門は経済理論日本学士院賞受賞、勲二等瑞宝章受章、紫綬褒章受章、文化功労者文化勲章受章。

  1. ^ 尾高煌之肋「研究生活40年」『経済志林』第73巻第4号、法政大学経済学部学会、2006年3月、 581-598頁、 doi:10.15002/00005694ISSN 00229741NAID 110005944415
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