石橋正二郎 いしばし しょうじろう

ゴム・セメント・鉱業

掲載時肩書ブリジストンタイヤ社長
掲載期間1957/02/06〜1957/02/18
出身地福岡県久留米
生年月日1889/02/25
掲載回数13 回
執筆時年齢68 歳
最終学歴
商業高校
学歴その他
入社自営(仕立屋)
配偶者記載なし、亡妻を偲ぶのみ
主な仕事均一タビ、日本足袋(日本ゴム)、アサヒ地下たび、ゴム靴、ブリジストンタイヤ、久留米美術館、久留米大学、プリンス自動車
恩師・恩人田中胖技師、三井物産
人脈森鉄之助、石井光次郎(四女嫁ぎ)、鳩山一郎(長女嫁ぎ)、団伊玖磨(娘:長男の嫁)、藤山愛一郎、武者小路実篤
備考華麗なる閨閥
論評

1889年(明治22年)2月1日 – 1976年(昭和51年)9月11日)は福岡県生まれ。実業家。 ブリヂストンタイヤ(現・ブリヂストン)の創業者であり、1966年(昭和41年)8月1日に日産自動車と合併したプリンス自動車工業の育ての親(出資者)でもある。 また、張り付け式ゴム底足袋(地下足袋)の考案者でもある。企業活動を通じて、日本のゴム工業や自動車工業の発展に多大な貢献を行った。長女・安子は鳩山一郎元首相の長男鳩山威一郎に嫁す(鳩山由紀夫(第93代内閣総理大臣)、鳩山邦夫(政治家)兄弟の母)

1.均一タビのアイデァ
大正2年(1913)ごろ、東京の市電はどこまで乗っても5銭均一で、上野浅草には10銭均一店もあった。これを利用したのが均一タビである。タビには文数が多く、初めは値段もまちまちだった。例えば9文なら27銭、9文3分は28銭5厘、9文半なら29銭、10文は30銭という具合である。9文から11文まで確か10段階くらいあった。とても面倒で一々定価表を見て商売しなければならない。手数がかかりすぎた。
 そこで”均一“を利用したらどんなによかろうかと思いついて、文数の大小、種類の如何を問わず1足20銭均一とした。さてその20銭だが、これは市価より2割安い。当時は儲けを2割見込むのが常識だった。しかしちっぽけな仕事を飛躍させるには思い切ったことをやらねばならぬ。たくさん作って能率を上げ、雑費もかからないようにする。こうして思い切り安くすることにしたので一躍注文も殺到した。

2.地下タビ
大正7年(1918)ごろ地下足袋は当時、ハイカラだった。はだしや、ワラジの時代にゴムを張り付けた地下足袋がハイカラなのは同然だろう。地下足袋だけで年2千万足もつくったのだが、まるで払い下げみたいな形で売れていった。国内だけでなく朝鮮や満州でもどんどん売れ、内地のほか朝鮮の工場で5百万、満州の工場で3百万、また青島や上海でも作ったので、生産量は次第に1か年3千万足以上となった。
 地下足袋を始めたのを機会に昭和元年(1926)、ゴム靴の製造に着手した。ゴム靴の方が地下足袋より量産できる点は何としても有利だ。というのはゴム靴は世界どこでも通用するからである。次第に輸出範囲が広がり、朝鮮、南洋はおろか欧米諸国にまで行き渡った。

3.鳩山一郎氏との縁
私が鳩山さんと知り合いになったのは昭和16年(1941)、相撲見物に呼ばれ、同じ升席で挨拶してからだ。小倉敬止という久留米出身の親しい老人がいて、当時藤山雷太さんの所で働いていたのだが、この人が相撲に招待して鳩山さんを紹介してくれたわけだ。たしか1月場所だったと思う。
 その後お互いに家に行ったり来たりして、当時の軍部や時局の話を交わしていた。そのうちに鳩山さんが給仕に出る娘に気がついたと見え、息子の嫁にくれと言い出した。突然だったのでびっくりし、家内も絶対にお断りするという。片方は政治家で学者だが、私は商売人。思想も違うし、娘が可哀そうだからとお断りした。鳩山さんの長男・威一郎君はそのころ軍艦に乗っていたのでいつ戦死するか分からない。「縁談してから後家になったら困る。本人が希望すればいいけれども、遠くに行っているのだし、親だけが希望しても本人が嫌いになったら、可哀そうだから」と言ったところ、鳩山さんは「そんなことはない。自分たちが責任を持ってやるから」という。「あなたは民主主義の方なのに、子供の意思を無視して縁談を決めるのは無理だ」と逆襲したが、どうしてもきかない。
 その後いろいろあったが結局、昭和17年11月に二人は結婚したわけだ。あの当時、鳩山さんは軍部から睨まれているし、どっちかというと非常に悲境におられたときだった。その年の春から相談を受け、半年ぐらい引っ張った勘定だが、その娘が長女だ。

いしばし しょうじろう
石橋 正二郎
生誕 (1889-02-01) 1889年2月1日
日本の旗 日本 福岡県
死没 (1976-09-11) 1976年9月11日(87歳没)
墓地日本の旗 日本 福岡県
国籍日本の旗 日本
出身校久留米商業学校卒業
職業実業家
子供石橋幹一郎(長男)
鳩山安子(長女)
石橋徳次郎(父)
石橋マツ(母)
親戚石橋徳次郎(兄)
井上和子(孫)
鳩山由紀夫(孫)
鳩山邦夫(孫)
成毛滋(孫)
成毛厚子(孫)
郷和道(孫)
鳩山紀一郎(曾孫)
鳩山太郎(曾孫)
鳩山二郎(曾孫)

石橋 正二郎(いしばし しょうじろう、1889年明治22年)2月1日[1] - 1976年昭和51年)9月11[2])は、日本実業家

  1. ^ 林洋海 『ブリヂストン石橋正二郎伝―久留米から世界一へ』現代書館、2009年8月1日、9頁。ISBN 978-4768456156 
  2. ^ 林洋海 『ブリヂストン石橋正二郎伝―久留米から世界一へ』現代書館、2009年8月1日、201頁。ISBN 978-4768456156 
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