石橋正二郎 いしばし しょうじろう

ゴム・セメント・鉱業

掲載時肩書ブリジストンタイヤ社長
掲載期間1957/02/06〜1957/02/18
出身地福岡県久留米
生年月日1889/02/25
掲載回数13 回
執筆時年齢68 歳
最終学歴
商業高校
学歴その他
入社自営(仕立屋)
配偶者
主な仕事日本足袋(日本ゴム)アサヒ地下たび、 ブリジストン、久留米美術館、久留米大学
恩師
人脈石井光次郎(次女嫁ぎ)、鳩山一郎(長女 嫁ぎ)団伊玖磨(長男嫁)藤山愛一郎
備考
いしばし しょうじろう
石橋 正二郎
Shōjirō Ishibashi in 1952.jpg
1952年に撮影
生誕 (1889-02-01) 1889年2月1日
日本の旗 日本 福岡県久留米市
死没 (1976-09-01) 1976年9月1日(87歳没)
墓地日本の旗 日本 福岡県久留米市
国籍日本の旗 日本
出身校久留米商業学校(現久留米市立久留米商業高等学校
職業実業家
子供石橋幹一郎(長男)
鳩山安子(長女)
石橋徳次郎(父)
石橋マツ(母)
親戚井上和子(孫)
鳩山由紀夫(孫)
鳩山邦夫(孫)
成毛滋(孫)
成毛厚子(孫)
郷和道(孫)
鳩山紀一郎(曾孫)
鳩山太郎(曾孫)
鳩山二郎(曾孫)

石橋 正二郎(いしばし しょうじろう、1889年明治22年)2月1日 - 1976年昭和51年)9月11日)は、日本実業家。 ブリヂストンタイヤ(現・ブリヂストン)の創業者であり[1]1966年(昭和41年)8月1日日産自動車と合併したプリンス自動車工業の育ての親(出資者)でもある。 また、張り付け式ゴム底足袋(地下足袋)の考案者でもある。

企業活動を通じて、日本のゴム工業や自動車工業の発展に多大な貢献を行った。長年の功績により2002年平成14年)には日本自動車殿堂入り、2006年(平成18年)には米国自動車殿堂入りを果たしている。一貫してブリヂストンを中心とするゴム工業を経営の基盤としたが、これ以外にも多数の業種に参入し、一代で「石橋財閥」ともいえる巨大企業グループを形成した。

  1. ^ 70歳で博士号、水泳界に一石”. 論座 (2019年11月30日). 2021年2月16日閲覧。
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