石坂洋次郎 いしざか ようじろう

文芸

掲載時肩書作家
掲載期間1973/11/07〜1973/12/06
出身地青森県
生年月日1900/06/25
掲載回数30 回
執筆時年齢73 歳
最終学歴
慶應大学
学歴その他慶應予
入社中学教師
配偶者津軽娘
主な仕事弘前高女教師、女高生の思い出 「陽のあたる坂道」
恩師
人脈折口信夫、河西善藏(同郷)
備考

石坂 洋次郎(いしざか ようじろう、1900年明治33年)1月25日[1] - 1986年昭和61年)10月7日)は、日本小説家青森県弘前市代官町生まれ。慶應義塾大学国文科卒。『若い人』で文壇に登場。戦後は新聞小説に活躍。『青い山脈』をはじめとする青春物で、国民的な人気を博した。数多くの作品が映像化されている。

石坂 洋次郎
Yojiro Ishizaka.jpg
50歳頃の石坂
誕生 1900年1月25日
青森県弘前市
死没 (1986-10-07) 1986年10月7日(86歳没)
日本の旗 日本 静岡県伊東市吉田風越
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 慶応義塾大学国文科
代表作若い人』(1933-37年)
『麦死なず』(1936年)
青い山脈』(1947年)
石中先生行状記』(1948年)
陽のあたる坂道』(1956-57年)
あいつと私』(1961年)
『光る海』(1963年)
主な受賞歴 三田文学賞(1935年)
菊池寛賞(1966年)
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  1. ^ 戸籍のうえでは7月25日生まれになっているが、実際は1月25日生まれ。
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