白川静 しらかわ しず

学術

掲載時肩書立命館大学名誉教授
掲載期間1999/12/01〜1999/12/31
出身地福井県
生年月日1910/04/09
掲載回数30 回
執筆時年齢89 歳
最終学歴
立命館大学
学歴その他
入社法律事務所
配偶者記載なし
主な仕事小学校ご奉公、「詩経」「万葉集」「漢詩集」古代学、甲骨学、孔子伝、東洋思想の回復
恩師小泉苳三 、中川小十郎
人脈水上勉、末川博総長、謡い、将棋、能 「字統」奈良本辰也、「字訓」「字通」
備考
論評

1910年4月9日 – 2006年10月30日)は福井県生まれ。漢文学者・東洋学者。古代漢字研究の第一人者として知られ、字書三部作『字統』(各・平凡社、1984年)、『字訓』(1987年)、『字通』(1996年)は、白川のライフワークの成果である。

1.失われた東洋の精神を求める(初日のページに)
東洋という言葉は、中国にはない。もし用いるとすれば、それは日本人を賤しんでよぶときだけである。東洋という語は、わが国で発明された。西洋の科学技術に接した蘭学者たちが、その西洋の科学技術に対置するものとして、「東洋の精神」「西洋の芸術」という表現をした。それで私は、中国の古代文化と、わが国の古代文化に共通する東アジアの特性を考えて、そこに東洋の出発点を求めようとした。
 第二次世界大戦で日本全国は焦土と化し、東洋は跡形もなく失われていた。わが国はアメリカの基地と化し、朝鮮半島を二分して、アメリカと中国が対峙するという構図となっている。こんような状態が、半世紀以上も続いているのである。
 しかしながら、東洋がかって存在していたことは、歴史的にも厳然たる事実である。歴史的な事実である以上、それは必ず歴史的に回復する機会を持つであろう。必要なことは、その歴史的事実を検証し、実証することである。ヨーロッパや西アジアとは異なる、東アジアの文化的伝統の特質を、明らかにするのでなくてはならない。
 この東アジアにおいて最も特徴的なことは、漢字を共有し、漢字文化を共有しながら、それぞれの民族が、また独自の文化を発展させてきた事実である。そこに共通の価値観があった。その価値観が東洋の精神を生む母胎であったのである。

2.漢字の由来と字源
漢字の全体観をとらえうるようなものをと思って、岩波新書に「漢字」を書いた。私は甲骨文や金文を資料として、その原表象の意味するところを、簡単に、しかし体系的に叙述したいと思った。そこで、十分な甲骨・金文の資料を用いて、詳しい解説を加えながら、その文字成立の時代の再現を試みたいと思って、平凡社の「東洋文庫」に、「漢字の世界」上下2巻を書いた。
 「中国文化の原点」という副題を加えたが、それは古代文字の研究は、その字源を明らかにするというだけでなく、その文化の起源的な状況をも明らかにするものでなくてはならぬという、私の考えに基づいている。文字は文字以前の原体験を、その形象のうちに集約したものであり、決して単なる記号ではないのである。

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