田中精一 たなか せいいち

電気・ガス

掲載時肩書中部電力会長
掲載期間1990/04/01〜1990/04/30
出身地佐賀県
生年月日1911/04/26
掲載回数
執筆時年齢79 歳
最終学歴
慶應大学
学歴その他慶応予
入社東邦電力
配偶者松永翁 弟娘
主な仕事慶応ヨット部、松永翁秘書、中経連会長 、セラミック財団、タカ匠センター
恩師松永翁遺書
人脈小林一三(父友)横山通夫、永倉三郎、 遺書(甥、木川田、井上、横山、私の5名)
備考親子二代 電力マン
たなか せいいち
田中 精一
生誕 (1911-04-26) 1911年4月26日[1]
日本の旗 日本 佐賀県佐賀市
死没 (1998-06-24) 1998年6月24日(87歳没)[1]
名古屋市
出身校慶應義塾大学法学部
職業実業家
配偶者田中 英子
親戚佐分眞従兄弟
受賞勲一等瑞宝章

田中 精一(たなか せいいち、1911年明治44年)4月26日 - 1998年平成10年)6月24日[1])は、昭和から平成にかけて活動した日本の実業家中部電力第4代代表取締役社長(のち会長・相談役)を務め、名古屋財界の重鎮であった。

中部電力以外では東海旅客鉄道(JR東海)代表取締役会長、中部経済連合会会長、日本電気協会会長、西ドイツ名誉領事中部新国際空港建設促進協議会代表理事、名古屋グランパスエイト会長、ナゴヤドーム会長、財団法人東海産業技術振興財団理事長などを歴任。勲等は勲一等瑞宝章。西ドイツからドイツ連邦共和国功労勲章大功労十字章フランス政府からレジオン・ド・ヌール勲章を受章。 従兄弟は洋画家の佐分眞 法名: 大燈院燿道研精居士 多磨霊園に葬る

  1. ^ a b c “前JR東海会長 田中精一氏死去”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 5. (1998年6月26日) 
[ 前のページに戻る ]