源氏鶏太 げんじ けいた

文芸

掲載時肩書作家
掲載期間1976/06/27〜1976/07/25
出身地富山県
生年月日1912/04/19
掲載回数29 回
執筆時年齢64 歳
最終学歴
商業高校
学歴その他
入社住友合資
配偶者事実婚
主な仕事会計係→住友不動産「3等重役」25年間 、サンデー毎日、東宝監査役
恩師阿部兵長
人脈次年入社(長谷川周重、日向芳斉)、 川田順(総務部長)、山口誓子(住友)
備考
源氏 鶏太
Keita Genji.JPG
誕生 1912年4月19日
富山県富山市
死没 (1985-09-12) 1985年9月12日(73歳没)
日本の旗 日本 東京都新宿区津久戸町
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 富山商業学校
代表作 『英語屋さん』(1951年)
三等重役』(1951-52年)
『天上大風』(1956年)
停年退職』(1962年)
口紅と鏡』(1970年)
主な受賞歴 直木三十五賞(1951年)
吉川英治文学賞(1971年)
紫綬褒章(1976年)
勲三等瑞宝章(1983年)
デビュー作 「村の代表選手」(花田春樹名義)(1934年)
Portal.svg ウィキポータル 文学
テンプレートを表示

源氏 鶏太(げんじ けいた、1912年明治45年)4月19日 - 1985年昭和60年)9月12日 )は、日本小説家富山市出身。旧制富山商業学校(現・富山県立富山商業高等学校)卒。本名、田中富雄

住友合資会社勤務の傍ら小説を書き始め、『英語屋さん』ほか2編で直木賞受賞。『三等重役』『停年退職』『天上大風』など、長いサラリーマン生活からの体験に基づいたユーモア小説で人気を博した。戦後の昭和を代表するベストセラー作家の一人である。映画化された作品も多い。晩年は幽霊物を多く書いた。

ペンネームの由来は「平家より源氏が好きなこと」と「『鶏』という字が好きで、『鶏太』とすると、昔の武士の名前のようになる」という理由[1] 。長男の田中継根はロシア文学研究者で東北大学名誉教授。

  1. ^ 「源氏鶏太自選作品集 第12巻」の前書きより
[ 前のページに戻る ]