渡辺文夫 わたなべ ふみお

金融

掲載時肩書東京海上火災相談役
掲載期間1998/12/01〜1998/12/31
出身地東京都
生年月日1917/03/28
掲載回数30 回
執筆時年齢81 歳
最終学歴
東京大学
学歴その他静岡高
入社東京海上
配偶者友人妹
主な仕事海軍短現、会社:初代頭取(蜂須賀→伊達→池田殿様)、医師賠償保険、日本航空会長、日本棋院理事長
恩師・恩人水沢謙三、菊池稔
人脈糸川英夫(一中),中曽根康弘(静岡)、短現(河井信次郎、谷村裕)、飯田庸太郎、武見太郎、小佐野賢治、阿久悠・小林亜星、椎名武雄
備考父・東大教授(反戦運動・逮捕:後・東宝社長)、母・北里柴三郎娘
論評

1917年3月28日-2012年2月10日)は東京生まれ。経営者。東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)社長・会長、1988年、日本航空会長に就任し、民営化に尽力。1990年3月、成田空港問題に関連して中核派による自宅放火テロを受ける。日本棋院理事長。「私の履歴書」に損保業界では初登場。

1.東京海上保険のルーツ
明治維新で大名は領地を没収され、代わりに金禄公債を交付された。この投資先として「これからは貿易のため海上保険が必要になる」との渋沢栄一の勧めで、旧大名25人に岩崎弥太郎が加わって会社設立が申請され、1879年(明治12)に日本最初の完全な株式会社として「東京海上保険会社」が設立された。
 初代の頭取は蜂須賀茂韶で、伊達、池田と3代目までは殿様だった。殿様の会社だから比較的裕福な家庭の子弟が多く中には馬に乗って出勤する社員もいたようだ。また、ある社員は保険料の徴収を命じられ、電車でなくタクシーを利用。「保険料よりタクシー代の方が高かった」という話も聞いた。

2.医師賠償責任保険と武見太郎
現在の東京海上は終戦前の1944年に旧東京海上、三菱海上、明治火災の3社が合併して誕生した。私が常務だった時、日本医師会の武見会長から日本医師会をひとまとめにした「医師賠償責任保険」を開発して欲しいと要請を受けた。この保険は医師の治療上のミスによって患者に損害を与えた場合に、医師が負う損害賠償責任をカバーする保険で、欧米では既に存在していた。しかし、1973年にこの保険がスタートしても、発足早々から収支が赤字に陥ったので、やむなく日本医師会に保険料の値上げを申し入れた。
 保険会社側を代表して私が武見会長にお目にかかった。会長は開口一番「君。医者は数学の嫌いな者がなるが、おれは数字も得意だからそんな数字にはゴマ化されない」と取り付く島もない。世間では「ケンカ太郎」と言って歴代の厚生大臣が一目も二目も置く方だから、どうしたものかと困っていたが、半年ぐらいたって値上げを認めてもらうことができた。
 お礼の挨拶に伺ったが、武見会長は私が北里柴三郎の孫ということをご存知で「この会長室の机は、君のおじいさんの代からの物だ」とご機嫌だった。会長室の壁に掲げてある写真を指し、「ここには歴代の日本医師会会長の写真が飾ってあったのだが、私が初代の北里会長と自分の写真だけにしてしまった」と大笑いされた。

3.小佐野賢治氏
商工省時代、私の隣は陸軍の軍需官の席だったが、彼の担当する業者の一人に小佐野賢治氏がいた。小佐野氏と海軍の私とは取引では無縁だったが、陸軍の担当官が席を外している時など、訪ねて来た彼は隣の席の私に話しかけるようになった。話をしてみると二人は同い年の28歳だった。彼は山梨県の農家の出だったが、若くして東京に出て来て、小さな自動車部品の会社を作ったという。終戦時には、既に500万円(今でいえば50億円相当)の現金資産を築き上げていた様子だった。
 私は彼に、第一次世界大戦の敗戦国ドイツが猛烈なインフレとなり、紙幣は紙くず同然となった話などをし、現金は早く不動産に換えた方がいいだろう、などと話した記憶がある。
 その後小佐野氏は進駐軍に接収されていた強羅ホテル、熱海ホテル、山中湖ホテルなどを次々に買収していった。いつ返ってくるか分からない接収されたホテルへの投資などは、大抵の人なら二の足を踏むところだが、彼はさすがに目の付け所が違っていた。後にいち早くハワイのホテルに目を着けたのも彼の先見の明の表れだろう。
 1976年(昭和51)、田中角栄首相を巻き込むロッキード事件に関与して、小佐野氏は謹慎生活を送っていた。私は社長になっていたが、ふと40年前を思い出し、個人的に彼を慰めようと、一夕新橋の料亭に誘って思い出話をしたことがある。今は故人となった小佐野氏は学歴こそないが、抜群な記憶力と的確な判断の持ち主であり、何とも言えない温かい人情味を持った人だった。毀誉褒貶はあるが、独力で大きな夢を実現した一時代の人物であったことに間違いはない。

渡辺 文夫(わたなべ ふみお、1948年 - )は、日本の心理学者上智大学名誉教授。専攻は異文化間心理学、異文化教育。

[ 前のページに戻る ]