津本陽 つもと よう

文芸

掲載時肩書作家
掲載期間2009/12/01〜2009/12/31
出身地和歌山県
生年月日1929/03/23
掲載回数
執筆時年齢80 歳
最終学歴
東北大学
学歴その他和歌山中
入社神島化学藤田観光系
配偶者
主な仕事被災体験克明、不動産業、小説家、直木賞、剣豪、歴史、下天は夢か、親鸞
恩師富士正晴
人脈川口松太郎(剣道見抜く)、
備考
追悼

氏は’18年5月26日89歳で亡くなった。氏の「私の履歴書」登場は2009年12月で80歳のときであった。
氏はこの「履歴書」で少年期と和歌山中学時代を初日から20日までの長い期間、克明に書いている。それは和歌山中学4年生時に軍事工場で過酷な労働を強いられた時、集団脱走を計画し失敗した話、明石でB29の爆撃による同僚や上司の無残な死を紙一重の差で経験したことである。数度の爆撃と焼夷弾攻撃、機銃掃射を受け、機銃談を頭や胸に受けた死体が、どのような有様になったかを身の毛がよだつような描写であった。この経験が氏の歴史小説の中に虚無感を感じさせるものが出てくるのだろう。

初期は企業小説などを執筆したが、剣道3段、抜刀道5段の経験を活かし、戦後第2次の剣豪小説ブームの火付け役となった。氏は「八十分の一秒という速度で、胴ひとつの巻藁を何の手応えもなく斬れる、日本刀の凄まじい刀味を知った私は、人を斬る場面の多い剣豪小説を書きつつ、身内に溜まったストレスを吐き出す。そのうち、いつからか歴史小説に移っていった」と述懐している。

歴史小説で氏は、「人生の動きには、常に運が絡みついている。ある者は、奈落の底に沈みこんでいる生涯から、何かのきっかけで浮き上がり、考えもしなかった大成功をして、幸せな一生を送る。ある者はいったんは成功の絶頂にいながら、わずかなきっかけで気づかぬうちに功業に陰りがさしはじめ、立ち直ろうと努めても、すべての当てが外れ、あがけばそれだけ没落の勢いが早まり、短い期間に没落、窮死する。戦国武将の生涯には、その過程が鮮明に刻まれている」と思い、自分も運によって生かされた境遇だと書いている。

津本 陽
(つもと よう)
誕生 津本 寅吉
(1929-03-23) 1929年3月23日
和歌山県和歌山市
死没 (2018-05-26) 2018年5月26日(89歳没)
東京都文京区
職業 小説家
国籍 日本の旗 日本
活動期間 1966年 - 2018年
代表作 『深重の海』
下天は夢か
主な受賞歴 直木三十五賞(1978年)
吉川英治文学賞(1995年)
紫綬褒章(1997年)
旭日小綬章(2003年)
菊池寛賞(2005年)
デビュー作 『丘の家』
Portal.svg ウィキポータル 文学
テンプレートを表示

津本 陽(つもと よう、1929年昭和4年)3月23日 - 2018年平成30年)5月26日)は、日本小説家。本名、寅吉(とらよし)。 

[ 前のページに戻る ]