根本二郎 ねもと じろう

交通(陸海・海運)

掲載時肩書日本郵船会長
掲載期間2001/12/01〜2001/12/31
出身地千葉県
生年月日1928/11/01
掲載回数
執筆時年齢73 歳
最終学歴
東京大学
学歴その他静岡高
入社日本郵船
配偶者
主な仕事貨物航空、客船、コンテナ化、タンカー売却、物流戦略(海運・航空)、飛鳥、クリスタル
恩師
人脈来栖三郎、江上波夫、吉行淳之介、 山路敬三
備考自彊術 ボート
追悼

氏は’14年12月7日に86歳で亡くなった。氏の連載は2001年12月であったが、日本郵船からは菊池庄次郎(1984.6登場)に次いで2人目であった。

彼は陸上のトラック業界が、荷役の大幅削減、ドア・ツー・ドアの輸送を画期的なものにしたコンテナ化を海運にも採り入れる企画を担当し、北米カリフォルニア航路を成功させた。また、第一次オイルショックを契機として経営の多角化が菊池庄次郎社長のもとで積極的に進められた。その時、コンテナ船の出現によって、海運会社の輸送責任の範囲が、これまでの海上部門から内陸部に拡大するようになった。そこで、港湾、内陸輸送、保管業務を含む物流サービスから在庫管理と物流加工を含めた「物流‐ロジスティクス」(一元管理)の分野に進出した。そして社長時代には円高が進む厳しい経営環境の中で、陸運などを一体で提供する総合物流サービスを強化し、経営を支える事業部門に育てあげた。

財界活動としては、労働問題を担当する経済団体「日経連」の8代目会長として、新卒学生の採用活動の時期を大学と企業とで取り決める「就職協定」が「守られていない」理由で廃止を宣言した。また、「日本船舶協会」の会長のとき、「海に感謝して、海の環境を守る日を祝日にしよう」と運動を広め、96年に「海の日」の制定に尽力した。

根本 二郎(ねもと じろう、1928年11月1日 - 2014年12月7日)は、日本郵船最高顧問で、元社長・会長。日本経済団体連合会名誉会長。

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