平良敏子 たいら としこ

団体

掲載時肩書沖縄芭蕉布保存会会長
掲載期間1991/12/01〜1991/12/31
出身地沖縄県
生年月日1920/02/14
掲載回数
執筆時年齢70 歳
最終学歴
小学校
学歴その他
入社手伝い
配偶者10年後に破談
主な仕事倉敷工場(女子挺身隊)、技術者養成所、芭蕉の木(実、花、糸:3種)、1反(千g)→1本糸芭蕉(20g)=200本、23工程で着物完成、
恩師大原総一郎
人脈柳宗悦→外村吉之助(師)、濱田庄司、 バーナードリーチ、
備考
美女と才女
平良敏子
たいら としこ
平良 敏子
生誕 (1921-02-14) 1921年2月14日(100歳)
沖縄県国頭郡大宜味村喜如嘉
国籍日本の旗 日本
出身校喜如嘉尋常高等小学校
時代昭和 -
団体芭蕉布保存会、日本工芸会
著名な実績芭蕉布の復興
代表作『平良敏子の芭蕉布』他
影響を受けたもの大原総一郎外村吉之介
活動拠点沖縄県国頭郡大宜味村喜如嘉
肩書き芭蕉布保存会 会長
重要無形文化財保持者(人間国宝
受賞沖縄タイムス文化賞(1965年)
卓越技能賞文化賞(1973年)
吉川英治文化賞1986年)他(#受賞・表彰歴等を参照)
栄誉黄綬褒章(1980年)
勲四等宝冠章2002年
画像外部リンク
平良敏子 - 沖縄タイムス

平良 敏子(たいら としこ、1921年大正10年〉2月14日[1] - )は、日本染織家。戦前まで沖縄各地で織られていたにもかかわらず、途絶える寸前であった芭蕉布バショウの繊維を用いた織物)を、戦後に生地の大宜味で復興させた[1][2]。長年の研究成果をもとに独自の芭蕉布の作風を確立し、日本国内外で高い評価を得た[3]重要無形文化財喜如嘉の芭蕉布(きじょかのばしょうふ)」の保持団体である「喜如嘉の芭蕉布保存会」の会長を務め、伝承の中心として、後進の育成にも貢献している[3]。代表的な著書に『平良敏子の芭蕉布』などがある[4]

  1. ^ a b 上田他監修 2001, p. 1081
  2. ^ 沖縄県・芭蕉布”. 作家・産地. 銀座もとじ. 2020年9月18日閲覧。
  3. ^ a b 與那嶺 2011
  4. ^ 吉田 2001, p. 135
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