平林たい子 ひらばやし たいこ

文芸

掲載時肩書作家
掲載期間1966/10/22〜1966/11/16
出身地長野県
生年月日1905/10/03
掲載回数26 回
執筆時年齢61 歳
最終学歴
高等学校
学歴その他諏訪高女
入社電話交換手
配偶者同棲
主な仕事関東大震災検挙、同棲生活、 引っ越人生(異性)、左翼文学、留置場
恩師
人脈加藤一夫、壷井栄、林芙美子、円地文子、宮本百合子、荒畑寒村
備考
美女と才女
平林たい子
平林 たい子
(ひらばやし たいこ)
Hirabayashi Taiko.jpg
主婦と生活社『主婦と生活』5月号(1960)より
誕生 1905年10月3日
長野県諏訪郡中洲村(現:諏訪市)
死没 (1972-02-17) 1972年2月17日(66歳没)
東京都新宿区信濃町慶應義塾大学病院
墓地 長野県諏訪市
職業 小説家
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 長野県諏訪二葉高等学校卒業
ジャンル 小説
文学活動 無頼派(転向文学)
代表作 『施療室にて』(1927年)
かういふ女』(1946年)
『地底の歌』(1948年)
『砂漠の花』(1955-57年)
『うつむく女』(1956年)
宮本百合子』(1972年)
主な受賞歴 女流文学者賞(1946年)
女流文学賞(1967年)
日本芸術院賞恩賜賞(1972年、没後)
デビュー作 『嘲る』
配偶者 小堀甚二1927年 - 1955年
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平林 たい子(ひらばやし たいこ、1905年(明治38年)10月3日 - 1972年(昭和47年)2月17日)は、日本小説家。本名タイ。職を転々としながら、同棲、離別、検挙、生活破綻、中国大陸や朝鮮での放浪などを経て、その体験から『嘲る』『施療室にて』を発表。プロレタリア作家として出発した。戦後は反共姿勢を強め、晩年は難病に苦しんだが、社会や人生の不条理を逞しい筆致で描いた作品で知られた。没後日本芸術院賞恩賜賞を受け、平林たい子文学賞が設定された。

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