川淵三郎 かわぶち さぶろう

スポーツ

掲載時肩書日本サッカー協会会長
掲載期間2008/02/01〜2008/02/29
出身地大阪府
生年月日1936/12/03
掲載回数
執筆時年齢72 歳
最終学歴
早稲田大学
学歴その他
入社古河電工
配偶者友人妹
主な仕事東京五輪、日本リーグ総務、Jリーグ発足代表、W杯招致、新人棒(大卒3000、高1500→450万)、
恩師吉岡たすく クラマー
人脈長沼健、岡野、杉山、釜本、小倉、大平裕、高円宮、岡田
備考
川淵三郎Football pictogram.svg
Saburo Kawabuchi 2018.jpg
名前
愛称 キャプテン、槍の川淵
カタカナ カワブチ サブロウ
ラテン文字 KAWABUCHI Saburo
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1936-12-03) 1936年12月3日(84歳)
出身地 大阪府高石市
身長 172 cm(現役時代)[1]
体重 72 kg(現役時代)[1]
選手情報
ポジション MFFW
利き足 右足
代表歴
1958-1965 日本の旗 日本 24 (6)
監督歴
1972-1975
1980-1981
古河電工
日本代表
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

川淵 三郎(かわぶち さぶろう、1936年12月3日 - )は、日本の元サッカー選手、元日本代表監督。2020年東京オリンピック選手村村長[2]

Jリーグ初代チェアマンを経て、第10代日本サッカー協会 (JFA) 会長を務めた。早稲田大学第二商学部商学科卒業。日本サッカー殿堂入り。2009年、秋の叙勲旭日重光章を受章した。

JFA会長は、それまで無給だったが、川淵の代から有給となった(推定3000万円)[3]。会長退任後は日本サッカー協会の名誉職を歴任しており、名誉会長を経て、2012年6月より最高顧問、2020年6月15日時点では相談役である。日本トップリーグ連携機構代表理事会長[4]。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会評議員会議長[5]日本バスケットボール協会エグゼクティブアドバイザー[6]。元公立大学法人首都大学東京理事長。実業界では、古河グループ古河産業の取締役を務めた。公式な愛称は「キャプテン」、渾名は「サブ」。家族は妻と2女の4人家族。

  1. ^ a b 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「chunichi」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
  2. ^ 「記憶に残る選手村に」 川淵三郎村長インタビュー―東京五輪・パラ時事通信2020年11月27日
  3. ^ 今週の週刊ポスト-soccerundergroundブログ 2007年8月31日
  4. ^ 組織・役員 一般社団法人日本トップリーグ連携機構
  5. ^ 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「TOKYO 2020 評議員会議長選任」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
  6. ^ 公益財団法人日本バスケットボール協会(JBA)  三屋裕子会長体制が始動 -川淵三郎 前会長はJBAエグゼクティブアドバイザーに就任-”. 日本バスケットボール協会 (2016年6月25日). 2016年9月26日閲覧。
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