屋良朝苗 やら ちょうびょう

行政・司法

掲載時肩書琉球政府行政主席
掲載期間1970/12/03〜1970/12/31
出身地沖縄県
生年月日1902/12/13
掲載回数29 回
執筆時年齢68 歳
最終学歴
広島大学
学歴その他沖縄師範
入社沖縄女子師範高
配偶者友人妹
主な仕事台湾二中、台湾師範、知念校長、文教部長、教職員会長、全国行脚、主席公選、
恩師感動教育
人脈山中貞則(教え子)、大浜信泉、
備考娘ひめ ゆり戦死
屋良 朝苗
やら ちょうびょう
Chobyo Yara.JPG
生年月日 1902年12月13日
出生地 沖縄県中頭郡読谷村
没年月日 (1997-02-14) 1997年2月14日(94歳没)
死没地 沖縄県那覇市
出身校 広島高等師範学校
(現広島大学
所属政党沖縄社会大衆党→)
無所属

日本の旗 Flag of Okinawa Prefecture.svg 本土復帰後初代 沖縄県知事
当選回数 2回
在任期間 1972年5月15日 - 1976年6月14日

当選回数 1回
在任期間 1968年11月15日 - 1972年5月14日
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屋良 朝苗(やら ちょうびょう、1902年12月13日 - 1997年2月14日)は、琉球政府および沖縄県政治家、教育者。1968年11月から唯一の公選行政主席として沖縄の日本復帰までその職にあり、復帰後は沖縄県知事を2期務めた。

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