安藤忠雄 あんどう ただお

建築

掲載時肩書建築家
掲載期間2011/03/01〜2011/03/31
出身地大阪府
生年月日1941/09/13
掲載回数
執筆時年齢70 歳
最終学歴
工業高校
学歴その他
入社建築ア ルバイト
配偶者KG44娘
主な仕事ボクシング、独学、京都・奈良・欧州建築、サントリーミュウジアム、地中美術館、ハーバード・東大教授、
恩師ル・コルビュジエ
人脈小沢、福武、樋口、佐治敬三、唐十郎、横尾忠則、堺屋太一、堤清二、二川幸夫、イサムノグチ、
備考
論評

日経「私の履歴書」の3月執筆は建築家・安藤忠雄氏でした。最近の登場人物には珍しくギラギラとしたエネルギッシュな表現に引き込まれました。氏は子供のときから喧嘩好きで高校2年のときプロボクサーになる。ロープに囲まれた四角いリングの上で敵と向かい合い、自らを奮い立たせて極限まで闘うことで最後に頼りになるのは自分の力だけと悟る。建築に興味を持ちアルバイトをしながら奈良や京都の古代建築を見て周り、それに飽き足らず四国、九州、本州へと次々と足を伸ばして日本の原風景を見た後、24歳の時にはヨーロッパの有名建築までも見に行く。そのときに自ら体験し、学び、そして得た感動を大切にしたという。

大学に行かずに独学で建築家になった氏が活躍するのを見て、米国のイエール大学、ハーバード大学ら有名大学から教授として招聘された後、東京大学でも5年間の教鞭をとる。氏が高く評価されるのはどこなのだろうか?これを知りたくて、再度3月の「私の履歴書」を読んでみた。西洋建築は石、コンクリート、ガラス、鉄などの素材を使い、「理性」「秩序」「対称性」を念頭に取組むのに対し、氏はそれに加えて、日本の良さである自然の「水」「光」「間」を採り入れている。しかし、そこには、その国や地域の社会、経済、歴史、技術を考慮に入れ、人間への配慮をした建築を心掛けなければ価値はないと言う。

氏は、「建築物の表層をただ見るだけでなく、造り手の人間性やその人生、建築が作られた時代にも思いをはせながら、ひたすら歩いて建築を見る」ことを若い建築家に勧めている。「現代人は、経済的な豊かさだけを求め、生活文化の本当の豊かさを忘れてしまっている。私は、既成概念と自分自身の殻をも打ち破り、闘い続ける人間になりたい」と結んでいた。きっと国際建築コンペに今後も応募し、KOされるまで挑戦し続けることだろう。ボクサーのように闘う凄い建築家でした。

安藤忠雄
Tadao Ando 2004.jpg
2004年撮影
生誕 (1941-09-13) 1941年9月13日(79歳)
大阪府大阪市港区
国籍日本の旗 日本
出身校大阪府立城東工業高等学校
職業建築家
受賞日本建築学会賞作品賞(1979年)
毎日芸術賞(1987年)
日本芸術院賞(1993年)
プリツカー賞(1995年)
高松宮殿下記念世界文化賞(1996年)
RIBAゴールドメダル(1997年)
AIAゴールドメダル(2002年)
京都賞思想・芸術部門(2002年)
UIAゴールドメダル(2005年)
ジョン・F・ケネディセンター芸術金賞(2010年)
後藤新平賞(2010年)
公式サイトwww.tadao-ando.com
所属 安藤忠雄建築研究所
建築物 住吉の長屋
光の教会
地中美術館
光の教会(1989年竣工)

安藤 忠雄(あんどう ただお、1941年昭和16年)9月13日 - )は、日本の建築家。一級建築士(登録番号第79912号)。東京大学特別栄誉教授[1]21世紀臨調特別顧問、東日本大震災復興構想会議議長代理、大阪府・大阪市特別顧問

  1. ^ 東京大学特別栄誉教授
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