大坪清 おおつぼきよし

紙・パルプ

掲載時肩書レンゴー会長兼社長
掲載期間2020/03/01〜2020/03/31
出身地大阪府
生年月日1939/03/15
掲載回数30 回
執筆時年齢81 歳
最終学歴
神戸大学
学歴その他
入社住友商事
配偶者ソフトボール娘
主な仕事(摂津板紙・レンゴー)出向、マレーシア、倫敦、(摂・レ)合併仲介、フルコスト主義、出産3人目100万円
恩師増田義雄
人脈西川善文,長谷川薫、得能正照、鈴木一正、鈴木雄二
備考娘タカラジェンヌ
論評

氏はレンゴーの創業者・井上貞治郎氏、長谷川薫氏(井上氏弟の次男)に次いで3人目の「履歴書」登場となった。それゆえに「私の履歴書」愛読者はレンゴーの創業までに至る井上氏の波乱万丈の生活(職歴20余の変遷や人買いに売られた経験など)と創業時の苦労を、長谷川氏は特攻隊で撃墜され九死に一生を得た生々しい経験や海外進出による技術提携、アジア合弁事業の推進などを語ってくれていましたから、大坪氏によってレンゴーの大企業発展がより具体的に理解できたのでした。

大坪氏は住友商事に入社したにもかかわらず、最初の出向先が摂津板紙、次いでレンゴーとなり、早くから紙業界とのつながりを深めていく。商社マンだけに人付合いがよい上、人柄もあり摂津の増田義雄社長、住友銀行の西川善文(のち頭取),レンゴーの長谷川薫(のち社長)らにかわいがられ持ち前の才覚と行動力で実績を積み上げていく。新任地のマレーシアではライバル企業・三井物産鈴木一正支店長に教えを乞い住商の販路を広げた。また、信用失墜したロンドン支店赴任では、英国の大手石油会社BP(ブリティッシュ・ペトロリアム)との大型案件をCEOのジョン・ブラウン氏との緊密な交友関係で成功に導くことで社内での地位を高めたが、お世話になった人々を丁寧に紹介しているところに好感が持てました。

こうした社内実績と過去の繫がりから、落下傘社長としてレンゴーの社長に就任することになる。しかし、レンゴーは創業一族の長い経営のため、旧態依然とした商取引や労務管理が残っていた。そこで異業種を経験した強みを発揮し、高校バレーボール時代のエースアタッカーよろしく正攻法でビシビシと攻める。それがフルコスト主義の採用であり、製品価格を「資本分配」「労働分配」「租税」「社会貢献」の4項目をあらかじめ必要なコストとみなして製品価格を決めた。また、合併したレンゴーとセッツの各組合を統一し賃金格差を無くし、派遣社員1000人を正社員に採用する。そのうえ家族の出産祝いを一人目が2万円(従来1万)、二人目が5万円、三人目以降は一人につき100万円(5万円)に一気に引き上げたのには驚いた。その結果、三人目は年10人ほどの誕生が一気に30人ほどに急増したというのも微笑ましい。「一人100万円で30人なら計3000万円の出費。会社の経費なら大したことない。それよりも勤労意欲を高めてくれる方がはるかに望ましい」との判断である。社員の勤労意欲を高め、生産性をあげ会社を大きく発展させた業績が、20年間も企業のトップを続けられた証左なのだろう。これからも会長CEOとして目指すのは、古紙、製紙、段ボールの3つの業界が手を携えて「三位一体の改革」に取り組むことなのだろう。

大坪 清(おおつぼ きよし、1939年昭和14年〉3月15日 - )は、日本実業家住友商事代表取締役副社長を経て、レンゴー代表取締役会長兼社長。関西経済連合会副会長、日本製紙連合会副会長、凌霜会理事長なども務めている。

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