坂本五郎 さかもと ごろう

サービス

掲載時肩書古美術商「不言堂」
掲載期間1996/12/01〜1996/12/31
出身地神奈川県
生年月日1923/08/31
掲載回数
執筆時年齢73 歳
最終学歴
小学校
学歴その他
入社乾物商卸
配偶者見合い
主な仕事古着商、骨董闇屋、美術商、古陶磁、 1.8億大壷、東洋博物館に殷周青銅器、
恩師眠れず、小 水赤、硬直、
人脈佐野学、石黒孝次郎、安宅英一翁、水野 清一、小山富士夫、江上波夫、
備考震災前日 ・生れ
追悼

氏は’16年8月15日92歳で亡くなった。この「履歴書」に登場は96年12月の72歳のときであった。この「履歴書」には経済人や政治家、芸術家などの登場が多いが、古美術商の登場は初めてで珍しがられた。

氏は1972年、世界的に有名なロンドンの骨董美術商、クリスチーの競売で、14世紀(中国・元時代)の「青花釉裏紅大壷」を約1億8千万円で競り落とした。当時の東洋陶磁器の世界最高価格だったため、その後、国際美術市場で中国の古陶磁器への評価を一気に高めることとなった。その時を氏は次のように書いている。

「落札の瞬間、私は極度の緊張で激しい腹痛にみまわれた。寄ってきた報道陣を避け、急いでホテルに戻り、一気にブランデーを飲んだ。ようやく全身がほぐれてくるのを覚えた・・
私たちの商いは、ボクシングに似ている。一発大きなのを狙っていては駄目である。小さなジャブを絶えず出していると、やがて思わぬ大きなヒットを掘り出すことが出来るのだ。たゆまぬ努力の中に、カウンターパンチのチャンスができてくる。」

美術品に関する鑑賞眼の磨き、多くの失敗、鑑識眼のある華族の温かい助言など多くの試練を潜って古美術商の大家となるが、組織管理、財務管理の経営者と言うよりは美術品鑑定士、勝負師の姿だった。

坂本 五郎(さかもと ごろう、1923年 - 2016年8月15日)は日本の古美術商。古美術店・不言堂の創設者。

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