伊谷純一郎 いたに じゅんいちろう

学術

掲載時肩書人類学者
掲載期間1991/02/01〜1991/02/28
出身地鳥取県
生年月日1926/05/09
掲載回数27 回
執筆時年齢65 歳
最終学歴
京都大学
学歴その他鳥取農 林専門
入社大学院
配偶者川喜田二 郎妻妹
主な仕事都井岬ニホンザル、霊長研G、個体識別法、高崎山、犬山モンキーセンター、アフリカ類人猿、自然人類学、ピグミー、
恩師・恩人今西錦司先生仲人、宮地伝三郎先生
人脈小田規矩之介、梅棹忠夫、川村さん、徳田さん、河合雅雄(1下)、渋沢敬三、土川元夫
備考ニックネーム:陸蒸気、父・画家
論評

1926年5月9日 – 2001年8月19日)は鳥取県鳥取市生まれ。生態学者、人類学者、霊長類学者。当初は大分県高崎山のニホンザルの生態研究を行い、その後、1950年代末からアフリカにおいてチンパンジーやゴリラの生態を追い続け、これら霊長類の世界に大きな社会構造が存在することを世界に先駆けて解明した。その過程にて、世界で初めて野生のサルの餌づけに成功したことでも知られる。 この業績は高く評価され、1984年に「人類学のノーベル賞」と称されるトーマス・ハックスリー記念賞を日本人として初めて受賞した。後年、調査対象を霊長類からヒトにまで拡大し、焼畑農耕民族や狩猟民、遊牧民などの生態を研究した。京都大学にアフリカ地域研究センターを設立し、人類学や生態学といった領域にとらわれない学問研究の流れ(生態人類学)を作った功績も大きい。霊長類学者の伊谷原一(京都大学教授)、農学者の伊谷樹一(京都大学教授)は息子。

1.ニホンザル研究の出発点(1948年2月3日)
都井岬にサルがいるとは聞いていたが、その群れとの出会いは全くの偶然だった。妖精、まさに野生の化身として私の目に映ったニホンザルだった。川村さんと私は茫然と尾根の上に佇立していた。ススキの穂が白く揺れ、眼下の海は逆光に輝き、潮騒だけが聞こえていた。その夜は、サルの話でもちきりだった。群れがどんなに見事なまとまりをもっていたか、雄のいく頭かはどんなに堂々としていたか。
 岬の北12kmのところに幸島という島があり、野猿棲息地として天然記念物になっていることを私たちは知っていた。私たちは、馬の調査の数日を割いて幸島に出かけた。島をひと回りし、深い森の中で方向を失ったりした。食痕や糞は見たが、サルに出会わなかったが、この日をサル研究のスタートの日とした。

2.「ニホンザルのコミュニケーション」発表が大波乱
日本モンキーセンター設立の1956年に、名古屋で日本人類学日本民族学連合大会があり、今西錦司先生と私の連名で「ニホンザルのコミュニケーション」発表した。ところがこれが大波乱を巻き起こした。
 日本の人類学会でサルの研究が発表されること自体が聴衆には寝耳に水だったのだが、サルが文化を持ち、音声で伝達しあっているとなるとただでは済まなかったのである。質疑の時間は大幅に延長し、私は演壇でサルの鳴き声の実演をやらされた。

3.霊長類の日本流擬人主義に欧米から批判
1967年ごろ、霊長類の研究は世界的規模で盛んになり、野外活動も活発になった。国際霊長類学会が発足し、欧米の研究者から日本流の擬人主義的方法論への批判が囁かれるようになった。欧米の行動学は擬人主義をタブーとして厳しく戒めているのである。
 ミミズを2つに切ると、その半身は跳ね回る。それをミミズが「痛がっている」と言うのは擬人主義だと、私たちも教わった。ミミズには神経がないというのがその理由である。しかし私は、ミミズなりに「痛がっている」という表現が不適切ではないと考える。

4.モンキーセンター発足(1956年10月)の2恩人
渋沢敬三先生:このセンターの会長であり、発足当時から人類学における霊長類研究の重要性を真にお認め戴き、激励していただいた。追加の調査費を出していただいたり、私たちの野外研究の成果を心から喜んでくださった。
土川元夫名鉄会長:同氏の先見の明と決断なしには私たちの研究は育たなかった。剣道何段かで豪快な反面、心の優しい方だった。このセンターに続くアフリカ調査も、このお二人のお力添えがなければ実現しなかったのである。

いたに じゅんいちろう
伊谷 純一郎
生誕 1926年5月9日
鳥取県鳥取市西町
死没 (2001-08-19) 2001年8月19日(75歳没)
京都府京都市
肺炎
国籍 日本の旗 日本
研究分野 生態学人類学霊長類学
研究機関 京都大学
神戸学院大学
日本モンキーセンター
出身校 京都大学理学部動物学科
指導教員 今西錦司
主な受賞歴 トーマス・ハックスリー記念賞
プロジェクト:人物伝
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伊谷 純一郎 (いたに じゅんいちろう、1926年5月9日[1] - 2001年8月19日[2])は、日本生態学者、人類学者、霊長類学者。京都大学名誉教授。学位は、理学博士(京都大学、1962年)。今西錦司の跡を継ぎ、日本の霊長類研究を世界最高水準のものとした。

  1. ^ 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊). “伊谷 純一郎”. コトバンク. 株式会社DIGITALIO. 2021年9月14日閲覧。
  2. ^ 伊谷純一郎 日本の霊長類研究の先駆者、死去 | 時事用語事典 | 情報・知識&オピニオン imidas - イミダス. 2021年9月14日閲覧
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