私にとって日経「私の履歴書」は人生の教科書です

散歩は公私共に有益

宮崎は、事業を繊維からサラン、アクリルなど石油化学へ進出し、医療、住宅など多角化経営に進めたため、なんでも飛びついて食べる「ダボハゼ経営者」とも言われた。
明治42年(1909)長崎県生まれの宮崎は、第五高等学校を経て、昭和9年(1934)東京大学を卒業後、日本窒素に入社する。入社早々、旭ベンベルグ勤務となり、同22年(1947)旭化成工業と改称(現:旭化成)、36年(1961)社長となる。
趣味といえばゴルフやマージャン、釣り、旅行などが趣味という人は多い。しかし、宮崎の唯一の趣味は散歩だった。その理由は、昭和23年(1948)の延岡大争議にあった。
その争議解決後、若い社員たちのエネルギーを何かに向けなければ再び暴発する可能性もあると考え、宮崎は走ることを勧めた。その結果、全日本級のマラソンランナーを輩出することに繋がったが、自身は走ることができないので歩くことにしたという。ゴルフの誘いを何度か受けたこともあるが、ゴルフは朝早く起きなければならないし、エチケットもうるさい。それに同行したメンバーにも気を遣う必要があるので敬遠した。

宮崎は35年間、ほぼ毎日のように歩き続けた。雨が降っても、よほどの大雨でない限り中止はしない。地方や海外へ出張したときにもシューズを持参し、散歩で公園や街中に出かけた。本社にいるときは、帰りは1つ手前の駅で降り、1時間20分ほど歩く。休日は、手ぬぐいと着替えのシャツをビニール袋に入れ、3時間くらい散歩する。途中、喫茶店に立ち寄って着替えをし、小休止してからまた歩き出すという徹底ぶりだった。
宮崎は、この散歩時間に事業や人事構想を練った。事業運営に当たって大事なのは、事業の責任者を決めることであるため、人事を重視した(その人事は「意表を衝く人事」とマスコミに評された)。
彼は散歩の効用と失敗を、次のように語っている。

「散歩の醍醐味は、なんといっても解放感にある。他人にわずらわされず、気ままに歩くことほど楽しいものはない。歩いていると、道がよくなったり、新しい建物ができたことなど、いろいろ発見する喜びもある。そのうえ、足腰の鍛錬にもなるから、健康にもいい。(中略)。
私は散歩の最中、大抵、自分が抱えている問題を考えながら歩いている。それでは気晴らしにならない、との疑問の声も起こりそうだが、そんなことはない。頭を使いながら、十分に解放感は味わえる。第一、歩きながらものを考えると、非常にいいアイデアが浮かんでくる。
もっとも、考えに夢中になっていると、時々、思わぬ失敗をすることがある。
考えに夢中になっていると、赤信号とは知らずに渡ってしまい、警察官に怒られたこともある。その時の注意の言葉が印象に残っている。『あなたもかわいいお孫さんがいるんでしょ・・・』」(『私の履歴書』経済人二十二巻 144p)
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「私の履歴書」の中で、高齢者の健康法で一番採用されているものが散歩です。
散歩は年齢・性別を問わず重要視されます。その効用は、歩くことで血流量や呼吸量が増し、心肺機能が強化され、内腔臓器の活発化、脳の老化防止にも役立つといわれるからです。
「老化は足から」と昔から言われているので、私も現役時代は万歩計をつけて毎日1万歩を、現在は6千歩を目標に歩いています。


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