私にとって日経「私の履歴書」は人生の教科書です

天風先生への弔辞

天風先生の葬儀・告別式に参列され、葬儀委員長として弔辞を読まれたのは重宗雄三氏で、霊前への供花をされていたのは時津風・日本相撲協会理事長(元横綱・双葉山)でした。
重宗氏は、参議院議長を3期9年間努められ、その9年間にわたり参議院のドンとして君臨し、池田勇人・佐藤栄作両政権を支えた人物でした。その影響力の強さから、佐藤・岸信介とともに長州御三家と呼ばれ、その権勢から「重宗天皇」と称され、参議院は「重宗王国」とまで呼ばれていました。その重宗氏が、昭和44年1月の「志るべJNO.92号によると、概略次のように弔辞を読まれています。

「天風先生のお教えを受け、ご指導を預かるようになりまして20数年、先生の愛国の熱情には、常に強く胸を打たれました。こうしている今も先生の、あの独特の熱弁を忘れることができません。しかしながら、先生の偉大な教えは永く後世に伝えられるでしょうし、また伝えていかなければなりません。そしてそれが先生から教えを受けた我々が、先生のご高恩にお報いする唯一の道であろうと信じます。我々は、この悲しみを乗り越え真の人生に生きる者を一人でも増やし、共に手を携えて、先生の念願され、理想とされた明るい社会、住みよい社会、住みよい世界の実現に精進努力することを、先生のご霊前にお誓いするものであります」と。

また、「私の履歴書」には登場していませんが、運輸大臣も務め天風会理事長であった丹羽喬四郎氏は、「幸運にも先生のお教えを受けご協力を賜ること40年、性愚根愚鈍の身を何回となく、或いは病弱のため、または世上の転移途上で挫折せんとせし危機を、恩師天風先生のお力により、尊きお訓えをいただき脱しえて今日に至っているのであります」と別れを惜しまれている。また、岳父が岡田啓介首相で内閣書記官長や郵政大臣を務められた迫水久常氏は当財団の顧問および会員代表として、岳父の勧めによる入会の経緯と弔辞を述べられた。

次いで、外務大臣・厚生大臣などを歴任された園田直氏は評議員長および会員代表として、天風先生の言葉「天へ行くとして輝く日月に変わりはない。俺は月を見よと指をさして教えた。全国の会員に伝えよ、指を見ないで月を見よ、俺が指そうとも安武会長が指そうとも、ささるる真理の月に変わりはない。全国の会員に伝えろと賜った言葉は最期の言葉であります」と会員への再自覚と結束を呼びかけられたのでした。

この参列者は全国から集まった2百数十名で華族や有名な政治家、経済人、芸術家、アスリートもおられた。この人たちを見ると天風先生の人徳、人間の大きさに今更ながらびっくりしてしまいます。


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