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 「私の履歴書」61年間で何名の女性が登場したのだろうと年代表を作ってみました。ここには女優の方も多くいますので、他の女優も入れてみました。スクリーン美女の日本版は文藝春秋2007年2月号でベスト50を、外国版は2008年10月号でベスト30を参考にしました。
 すると、日本女性42名、外国女性は2名の合計44名(5.2%)でした。
 よく見ると、同年代の女性の年齢は納得できますが、ずいぶん年輩の人もおられてびっくりしたことがあります。スクリーンで見るかぎり若くて美しい人達ばかりですから、若いと思っていた女優が想像以上に年輩と分かり驚いたのでした。詳しくは(才女とスクリーン美女一覧表)をご覧下さい。どの分野にどなたが登場しているか一目で分かります。新しい発見、面白い発見があると思います。

西暦日本歴日本の美女と才女世界の美女
1885明治18奥むめお
188619平塚らいてふ
188821神近市子
189023東山千栄子
189326市川房枝
189932山高しげり
190033中村汀女
190134沢田美喜マレーネ・デートリッヒ
190235
190336武原はん
190437
190538天津乙女 水谷八重子(初代) 平林たい子 円地文子 井上八千代グレタ・ガルボ
190639杉村春子 山本安英
190740キャサリン・ヘップバーン④
190841
190942田中絹代
191043白洲正子
191144入江たか子 長門美保
1912大正1
19132ビビアン・リー②
19143
19154春日野八千代
19165オリビア・デ・ハビラント②
19176山田五十鈴イングリッド・バーグマン② スーザン・ヘイワード① ジューン・アリスン
19187高峰三枝子
19198小暮実千代
19209森光子 原節子 山口淑子 ミヤコ蝶々
192110山根寿子 花柳小菊 平良敏子デボラ・カー シモーヌ・シニョレ① ラナ・ターナー
192211瀬戸内寂聴 石井好子エヴァ・ガードナー ジュディ・ガーランド
192312藤間紫 佐藤愛子マリア・カラス
192413高峰秀子 京マチ子 淡島千景 越路吹雪 乙羽信子
192514橋田壽賀子マーガレット・サッチャー
1926昭和1山岡久乃 森英恵 辻久子マリリン・モンロー エリザベス女王
19272宮城まり子ジーナ・ロロビリジータ
19283土井たか子 田辺聖子グレース・ケリー①
19294向田邦子オードリー・ヘップバーン① ジャクリーン・ケネディ
19305新珠三千代 岸田今日子
19316八千草薫 山本富士子 香川京子 千原しのぶ 曽野綾子
19327岸恵子 有馬稲子 久我美子 高千穂ひづる 伊東絹子 平岩弓枝エリザベス・テーラー②
19338扇千景 若尾文子 草笛光子 黒柳徹子 池内淳子 岡田茉莉子 北原三枝キム・ノヴァク シルバ・コシナ
19349司葉子 篠原欣子シャーリー・マクレーン① ブリジット・バルドー ソフィア・ローレン① ロッサナ・ポデスタ カーラ・ヒルズ
193510朝丘雪路 小山明子 吉行和子 嵯峨美智子 丘さとみジュリー・アンドリュース①
193611市原悦子 野際陽子 大川恵子 湯川れい子
193712美空ひばり 島倉千代子ジェーン・フォンダ②
193813米沢富美子ナタリー・ウッド
193914佐久間良子 中村玉緒 藤村志保クラウディア・カルディナーレ
194015浅丘ルリ子
194116岩下志麻 三田佳子 倍賞千恵子フェイ・ダナウエイ アン・マーグレット
194217十朱幸代 山本陽子 江波杏子バーバラ・ストラサンド
194318加賀まり子 星由里子 前橋汀子カトリーヌ・ドヌーブ
194419
194520吉永小百合 富司純子 栗原小巻 鰐淵晴子 宮本信子 松原智恵子 桜井よし子 樋口久子
194621大原麗子ライザ・ミネリ①
194722寺田千代乃ファラ・フォーセット ヒラリー・クリントン
194823
194924酒井和歌子
195025ジュディ・オング
195126岡本綾子

1.スクリーン美女の日本版は文藝春秋2007年2月号でベスト50、外国版は2008年10月号でベスト30を参考にした。
2.外国女性に数字がついているのはオスカー賞受賞回数です。
3.日本女性で青印は日経「私の履歴書」の登場人物で、外国の赤印は芸能人以外の人です。
4.しかし2020年9月末現在、日本で「履歴書」に登場したのは47名で、外国では2名、合計49名となります。
5.それゆえ、49/852=5.75%が女性の「履歴書」登場となります。

日本の場合

 最初に登場したのは、奥むめお(衆議院議員・主婦連会長:1958年(昭和33)1月掲載)で、生まれは1885年(明治18)でした。そして最近で登場したのは、岡本綾子(元プロゴルファー:2013年5月掲載)で、生まれは1951年(平成26)ですから、この間93年間に42名の登場者となります。この中で印象深かった人を取り上げますと、

1 水谷八重子(初代:新派女優:1970年3月掲載)は1905年(明治38)生まれで、新劇の子役として出発、のち新派に加わり、花柳章太郎亡きあと新派を支え、演劇界を代表する女優の一人となった人です。花柳章太郎とは「鶴八鶴次郎」「残菊物語」などで名コンビでした。この1905年生まれには、天津乙女(宝塚歌劇団理事:1976年11月掲載)、平林たい子(作家: 1966年11月掲載)、円地文子(1983年5月)、井上八千代(1959年11月)の5人がこの「履歴書」に登場しました。こんな大量の人を輩出する年は珍しいです。
 また、川口松太郎(小説家、劇作家:1971年3月掲載)は 、数多くの時代小説のほか恋愛小説などを多く書いたが、水谷八重子を次のように高く評評していたのが印象に残っています。「水谷八重子は不思議な女優でいつまで経っても舞台に歳を取らせず、花柳章太郎が亡くなった後はどうも亭主役者に恵まれない。しかし、それにしても驚くのは八重子の若さだ。どんなに若い亭主を持っても釣り合わぬと思ったことがない。これは何とも驚くべき奇跡だ。女優の歴史が始まって以来こんな人は他にいない。呆れるというより水谷君の精進の良さが今日の彼女をつくっているのだと思う。若いときには恋愛もし結婚もし、良恵を生んでいるがそれっきりで浮いた話はほとんどない」と。

2 田中絹代(女優:1975年3月掲載 )は1909年生まれで、映画の黎明期から日本映画界を支えた大スターであり、日本映画史を代表する大女優の一人でした。小津安二郎五所平之助溝口健二成瀬巳喜男清水宏木下惠介ら大物監督に重用され、約260本の作品に出演したが、彼女は3人の監督の癖を次のように書いていた。
①成瀬監督は「黙秘権」、もっと悪いときは「ハイ、きょうはだめですね」とだけ言ってさっさと帰ってしまう。
②溝口監督は、「反射しましたか」が口癖。溝口組は「さあ、きょうも反射しましょう」。
③小津先生は、「きょうは、おへその下に心があるよ」とか、「きょうは、へそが座っていない」「ヘソが移動している」とかが口癖でしたと。

3 ミヤコ蝶々(女優:1998年(平成10)2月掲載)は1920年生まれで、長らく上方漫才・喜劇界をリードした関西を代表するコメディアンであり女優でした。民間ラジオ放送草創期の人気番組『漫才学校』『夫婦善哉』の司会などで知名度を高めた人でもありました。自著「人生を【私の履歴書】から学ぶ」で紹介したように、彼女は若いとき、覚せい剤患者になり、治療する困難さを克明に記述してくれていました。彼女が尊敬する芸人を概略次のように書いてくれています。
長谷川一夫:歌舞伎の形から入る芝居、手足の動き、お囃子に載ってのセリフなどがすばらしい人。
辰巳柳太郎:ぶつかって行けば行くほど、奥の深さを感じさせる人
浪花千栄子:私が目指す自然な芝居を、この人ほど見事に演じた人はいない。どんな芝居でも、その場その場に応じて盛り上げることができた。泣かすところは泣かせ、笑わせるところはちゃんと笑わせる。善も悪もやれる。やくざの女親分役の迫力は、息をのむほどだった。
杉村春子:新劇の人らしく、怖いほど形がピシッと決まっていた。人柄もあるのだろうが、吐く息まで決まっている感じだった。
夢路いとし・喜味こいし:自然で枯れた味わいは他人にまねができない。
桂文枝:大阪で良い芸のできる人。
渋谷天外:芝居は演出が勝負で、芝居がガラッと変わる。天外先生は無駄がなかった。
菊田一夫:細かい点にまで気を遣う。雨上がりの水たまりを、ひょいと跨ぐしぐさにこだわったりされた。
 これらの芸人は私にとって懐かしい人ばかりなので、彼女は芸人としてプロの目で芸の形や所作、セリフ、言い回しなど奥行や深さなどを知らせてくれました。へぇーと驚くばかりでした。

 そして彼女の終章の言葉は「芸人の勲章」でした。
 「芸人にとっての勲章は、お金でも肩書でもない。死んだときに、どれだけたくさんの人びとが葬式に来てくれるかだ。香典は持ってきてくださらなくて結構。花輪もいらない。名残を惜しむファンに来てほしい。その点で、石原裕次郎さん、美空ひばりさん、渥美清さんは私にとって理想の芸人である」。
 私には「芸人さんの価値観はここにある」のかと知らされた感じでした。この年には、山口淑子(参議院議員:2004年8月掲載)、森光子(女優:2007年12月掲載)がおり、何と明治・大正・昭和時代の男性のマドンナだった原節子も一緒でした。

4 山本富士子(女優:2002年12月掲載)は1931年生まれで、1950年(昭和25年)、新聞社3社が主催する第1回ミス日本コンテストにおいて、ミス日本の栄冠に輝いた。後、大映の看板女優として活躍した人物である。この年は香川京子(女優:2009年3月掲載)も登場して、25人の映画監督に出演した映画界の内幕を語っていた。そして、この年は八千草薫千原しのぶも一緒でした。

5 有馬稲子(女優:2010年4月掲載)は1932年生まれで、1953年に宝塚歌劇団を退団し東宝の専属女優となり活躍する。1954年には同じ歳の岸惠子久我美子らと共に「文芸プロダクションにんじんくらぶ」を設立し、それ以降、岸・久我との半世紀にわたる友情は有名でした。「履歴書」では有名な某監督との不倫を暴露し、大反響を呼んだのは記憶に新しい。同年には、平岩弓枝(脚本家・作家:2008年7月掲載)が居て、テレビドラマシリーズ「ありがとう」「肝っ玉かあさん」「女と味噌汁」などで活躍されていた。

6 扇千景(前参議院議長:2008年4月掲載)は1933年生まれで、宝塚生、女優、歌舞伎役者(代目中村鴈治郎・現坂田藤十郎)妻、参議院議員、各種大臣就任後に参議院議長を歴任と華々しい経歴を持つ。彼女はこの「履歴書」登場の珍しい記録を持つ。それは、義父中村鴈治郎二代目と4代目の鴈治郎(現坂田藤十郎)とその妻としての本人、の縁戚関係3名が登場するのは、61年間で初めてである(親子、兄弟、岳父関係は他にもあるが、夫婦+義父は前代未聞)。
 また、この年には、若尾文子草笛光子黒柳徹子池内淳子岡田茉莉子北原三枝などがきら星のごとく輩出しているのも珍しい。

7 花柳章太郎(新派俳優:1962年(S37)6月掲載)は、戦前から戦後にかけて活躍した新派を代表する女形役者である。1952年(昭和27年)の新派大同団結以後は座頭となって劇団を統率し、初代水谷八重子との名コンビによって次々に傑作を世に送りだした実績を持つ。その彼が新派の「女形」と「女優」の違いを次のように「履歴書」に書いていた。
   女優は舞台の上で、いや観客の前で乳首を出すことは恥ずかしがる。また、女性なるがゆえに、お政の役としてではなく、女優その人の女の生地が出てしまう。つまり芸ではなくなってしまうわけだ。本来ならば女形が観客の前で乳首を出すことの方がずいぶん不自然なはずだが、芝居としてはかえって自然であり、女優は女であるための本能のためらいが、芝居としての間を外してしまうことになる。
 これは実際にある女形が舞台で、乳首を出して子供をあやすシーンを演じたが、彼はその所作を芝居としては自然なものと賞賛したものであった。

8 秋山庄太郎(写真家:1993年6月掲載)は、「履歴書」の中で、スター女優は自分のチャームポイントに固執すると書いている。たとえば、高峰三枝子木暮実千代もそれが左顔であるため、2人の対話シーンでは監督が気を利かせて、両者の面子を立て交互に左横顔撮影を行なうとか。また、新珠三千代は、角度により理知的な顔と情緒的な顔をもつため、監督は場面により使い分けるなどで、私にとっては未知の世界の話にビックリし、興味も深まったのでした。
 詳しくは、表をご覧下さい。新しい発見、面白い発見があると思います。

外国の場合

 「履歴書」に登場したのは男女合わせて34名、そのうち女性はサッチャー英国・元首相とカーラ・ヒルズ(米国・元通商代表部代表)の2名なので、登場比率としても少ない。

1 マーガレット・サッチャー(英国元首相:1995年7月掲載)は1925年生まれで、エリザベス女王よりも一歳上でした。このエリザベス女王と同じ年がマリリン・モンロー(女優)だったのは大きな驚きでした。サッチャーの凄いところは、「私は意見の一致を求める政治家ではない。信念の政治家だ」という言葉でした。そして、強い信念と指導力で国家企業の民営化や規制緩和を進め、「英国病」と呼ばれた英国経済を復活に導いた。その具体的な政策は、次の通りです。

1.民営化:通信、電力、石油ガスなど幅広い分野を対象にした。
2.財政:「小さな政府」を目指し、赤字削減、行政サービスに民間との競争原理を導入した。
3.税制:所得税の最高税率を83%から40%に(直接税の引下げと間接税の引上げ)。法人税も30%に引下げた。(現在は24%で来年22%になる)
4.規制緩和:株式・債券の取引料自由化など、「ビッグバン」と呼ばれる改革を実行した(外国資本の導入でウインブルトン現象となる)。
5.金融政策:通貨供給量を重視し、インフレを抑制した。
6.社会保障:国民健康保険の負担率引き上げ、年金の増額を抑制。
7.労働組合:争議など組合の権利を制限した。

 国としてEUには協力しても、通貨統合には国益を重視して反対した。これらの諸政策は不人気を承知で推し進めたため、「鉄の女」とも呼ばれた。また、82年のフォークランド紛争では海軍を派遣するなど力による外交も展開した(この島はアルゼンチンのすぐ近くにあるが、実効支配は英国が行っていた。国際法上に基づいて強行したが、日本の尖閣諸島問題と同じである)。一方、これらの大胆な政策が成果を上げたがゆえに、貧富の格差が拡大した現実もある。彼女の毀誉褒貶は今でも相半ばしている。

2 カーラ・ヒルズ(米国・元通商代表部代表:2013年3月掲載)は1934年生まれで、日本の美智子皇后と同じ年となる。彼女はジョージ・H・W・ブッシュ政権(父ブッシュ)で第10代アメリカ合衆国通商代表を務め、1995年のWTO設立に尽力した。また、日本との通商交渉でその実力ぶりを発揮した。彼女はこの時をこのように語っている。
 私は自由貿易こそ、人々にあまねく富と幸福をもたらすと信じてきた。世界が密接に関連しあう中、自由で開かれた貿易は若い世代により多くの機会と成長の糧を与えてくれるのである。そのための他国との交渉において、我々は先方の立場を理解しようと努め、こちらの利害も明確に説明した。お互いに胸襟を開き、話し合う姿勢を見せれば、より良く理解できるものなのだ。
 彼女がこの対日交渉の先頭に立っていた頃、日本では「タフ・ネゴシエーター」というニック・ネームが付けられた。実際、そのときは日本の農業をはじめ経済や貿易面でもお互いにタフな交渉を続けていたからだった。同年には、女優のブリジット・バルドー(仏国)、ソフィア・ローレン(伊国)、シャーリー・マクレーン(米国)、ロッサナ・ポデスタ(伊国)ら多くが輩出している。

3 日本で一番人気の高いオードリー・ヘップバーンは、驚いたことにエリザベス・テイラーよりも3歳上だった。テイラーは早くから子役で出ていたため、私にとっては年配に見えたのでしょうね。
 詳しくは、第4章付章(才女とスクリーン美女一覧)をご覧下さい。脚線美のマレーネ・デートリッヒなど懐かしい美女スターの名前を発見しその年齢に驚くことや、日本と外国の美女の年齢比較、人間関係など面白い発見があると思います。

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