天風先生を敬愛した素野福次郎(TDK会長)

私は今、ライフワークとしている日本経済新聞の「私の履歴書」に登場した全870名を読み返しています。そして各界のリーダーであるこの登場者が、後世に「何を伝えたい」のか、または「何を知って欲しい」のかを抽出し要約しているのです。今は未読の経営者を昭和60年代まで読み進めてきましたが、素野福次郎(TDK会長)氏が登場の昭和61年(1986)3月4日、初日冒頭に天風先生の名が出てきました。びっくりでした。いままでの登場者は「私の履歴書」記載の中頃や最後の方に名前がでるのが普通でしたから・・・。この初日の「書き出し」文章はこんな始まりなのです。

宇野千代先生の著書に、『天風先生座談』という本がある。天風先生こと中村三郎を「一生にただ一度めぐりあった人」という宇野さんが、亡き天風先生の講話をより多くの人に知ってもらいたい、とまとめたものである。

中村三郎という人は、華族出身で軍事探偵になり、アメリカで医学博士号を得た。その後、インドでヨガの直伝を受け、中国革命にも加わって、孫文政権の最高顧問になったという、数奇な運命の持ち主である。

 天風先生の講話は体験に基づいた軽妙な口調で、説くところも禅に近く、全く私心がない。「会う人は、皆先生」といった生き方にも深く感じ入って、この本を読んだ私は、他の人にも読んでもらいたくなり、出版社に問い合わせた。ところが、初版が発行されてから十五年もたっており、在庫がないと言う。そこで、千部買い取りということで新たに刷ってもらい、会社内外の人たちにお配りしたこ とがある。

 よけいなおせっかいと思われるかもしれないが、小さいころから読書の習慣を身につけた私は、本によってものごとの真実を教えられ、先輩、友人など多くの人々とのご縁によって半生を歩んできた。それだけに、優れた著書や人物に接すると、人に紹介せずにはいられないのである。

素野氏は昭和12年(1937)に入社したが、創業後間もない当時の従業員はわずかに4人でした。入社後は一貫して営業部門を担当し、松下電器産業(現・パナソニック)など大口の取引先を開拓。昭和44(1969)年には社長に就任。積極的な海外進出でTDKを世界最大の磁気テープメーカーに育て上げ「中興の祖」と呼ばれた。氏が掲げる「企業は道場」の箴言は社長時代のものですが、

人から企業が成長するための秘訣を、と問われると「家庭も学校も当てになりませんので、企業で教育をしなくてはね。企業は道場ですよ」と語っていた。当時、TDKでは管理職ポストの4割を他社からの移籍組が占めていたことから、社内の結束を強化するため社員教育に力を入れていた。それを「私の履歴書」では具体的に「人材育成を制度化する」として次のように記載している。

昭和44年(1969)1月、山﨑貞一社長が会長になり、専務だった私はTDKの第3代社長に就任した。社長として最も力を入れたのは人材の確保である。「企業は人なり」とはよく言われるが、経営者の大きな役割は質の良い社員を養成し、企業としての社会的使命を果たすことである。私は社員教育に力を入れた。

 48年(1973)に人事部と教育課を統合して人事教育部としたのもそのためである。人事は社員の能力開発のためにやるもので、人事制度そのものが社員教育という思想である。従って新入社員の採用も、現場からの要求数ではなく、教育できる範囲の人数を採る。何しろ大卒の新入社員でも、3年間は専任の先輩を付けて教育する。先輩は教育の報告書を出さねばならないし、1年ごとに社長や担当役員が新入社員の質問に答える機会を設けているから真剣に取り組む。

 社員教育の対象は幹部社員にまで及んでいる。46年から始めた制度に、経営補佐レベルの管理職を対象にした1か月の自由研修がある。1か月休暇を与えて、その間何をしようが自由。リポートを見ると「海外へ出て英会話をマスターした」「東京から青森まで自転車で走破した」「高校野球を全部記録した」と、さまざまである。

素野氏はこのユニークな制度で多くの人材を育成されたが、その中にTDKから二人目の澤部肇氏が2019年12月「私の履歴書」に登場した。その澤部氏は、「TDKはコストではなく価値で勝負する会社に生まれ変え、①新製品比率30%以上、②シエアトップ製品50%以上という目標数値に落とし込んで会社を牽引した」と書いている。それが実り、現在では30以上の国や地域に250以上の工場を持つ、経営のグローバル化が進み、海外売上比率は9割を超え、海外株主比率も4割に達する超優良企業となって発展し続けている。

 やはり「企業は人なり」でTOPの人物次第で企業は大きく成長します。企業の経営資源は「ヒト、モノ、カネ、情報」と言われますが、世の中がデジタル化、脱炭素社会化を目標に定め、大きく激動しているときですから、企業や組織は有能な人材を育成することが、最重要課題となっています。天風会もコロナ禍で従来のような活発な活動はできませんが、若人や女性会員の増加・育成を図らねばなりません。若い人たちもこの複雑化した現在を「どのように生きるか」を模索されていると思います。そのきっかけとして、素野氏のように各自が「天風先生座談」や「運命を拓く」など勧めやすい文庫本を若い有能な人にプレゼントしてはいかがでしょうか。若い人に早く天風先生の考え方や生き方を学んでもらいためです。きっと貰った人はその本から人生の生き方や考え方に共鳴して貰えると信じます。既に「もう、今までにずいぶん配ったよ」という人が多いと思いますが、今回は子供や孫の友人を含めて若い人を対象の提案です。

 余談になりますが、私(吉田)が澤部氏に執筆後の2020年1月に、「先輩の素野社長が宇野千代さんの「天風先生座談」を社内外の多くの人に配られたとありますが、当時読まれましたか」と拙著「私の履歴書」61年の知恵―を恵送した際に質問しました。すると、澤部氏から「感動して読ませていただきました」との礼状が届きました。澤部氏も天風先生の生き方・考え方を経営に生かされたのですね。

天風先生を敬愛した「私の履歴書」登場者を今まで「志るべ」に6回(6人)寄稿しています。

  • 松下幸之助氏・・天風思想と同根の「宇宙の根源」        志るべ2018年2月592号
  • 重宗雄三氏・・・・天風先生への弔辞                            志るべ2017年11月589号
  • 松田権六氏・・・・・天風先生は忍者の記憶術                志るべ2017年12月590号
  • 広岡達朗氏・・・・・自己暗示法を活用する                    志るべ2018年1月591号
  • 稲盛和夫氏・・・・・天風教義を経営に生かす                志るべ2020年2月616号
  • 野村万蔵氏・・・・・芸の世界「常に進歩と向上を」     志るべ2021年9月635号

これらを私のホームページにも掲載しています。URLは下記のとおりです。

HOME | 吉田勝昭の「私の履歴書」研究 ー 私の履歴書から得られるもの (biz-myhistory.com)

お暇なときに観ていただければうれしいです。 了